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ネズミたちの戦争


 

 

 戦闘は再び始まった。はじめは一つの銃声だった。銃声はすぐさま莫大な数に膨れ上がり、そこに爆音が混じっていく。さらには怒号や悲鳴、呪詛や懇願の声が混ざり合い、今までに無い規模で戦場音楽の合奏がはじまった。
 戦闘は今までとは比べ物にならない激しさをもって行われた。連邦軍も、ジオン軍も熱狂的に戦った。連邦軍は瓦礫を盾に反撃し、あるときはその身を肉弾として果敢にモビルスーツや戦車に挑んだ。ジオン軍はモビルスーツを押し出し、激しい火線にもトラップにも怯まず、次々と銃火に倒れていく戦友の屍を踏み越えて進撃した。
 一つの爆音は十の悲鳴を生み、その悲鳴もまた新たな音に掻き消される。
 とめどなく流れる双方の血はコンクリートに染み渡り、出来たシミは奇妙な芸術を描いた。それも、それだけが彼らが唯一残したものだとしても、一度砲弾が着弾すれば跡形も無く消え去ってしまうのだ。

 ルースは混沌が支配する戦場で奮戦していた。カール機となんとか連携を取りながら、後から後から湧き出てくる、ザクや時にはグフを相手にしていた。ザクにビームサーベルを深々と突き立てたまま、それを盾としてジェフ機から拾っておいたマシンガンを突進してくるグフに向けて連射する。グフの勢いは止まらなかった。その手には大きなヒートサーベルが握られている。ビームサーベルをザクから抜き、自由になったザクをグフに向けて蹴り飛ばす。ザクの巨体は勢いよくグフに激突し、ザクに巻き込まれたグフは轟音と共に倒れこむ。
「――!」
 とどめを刺そうと間合いを詰めようとした瞬間、ルースは逆に機をバックステップさせた。射弾が降り注ぐ。あのまま間合いを詰めていれば射線に飛び込んでいただろう。ビルを盾に牽制にマシンガンを撃つ。2連射もしない内に弾が切れてしまった。
「ええい、もう!」
 マガジンを交換しようとビルに背をつけ、身を隠す。衝撃。ザクが横合いから体当たりを浴びせてきたのだ。手に取ったマガジンがこぼれ落ちる。コックピットの中でシェイクされながらも、ルースは冷静だった。ルースはあえて体勢を整えようとせず、体当たりの衝撃に身を任せてそのまま間合いを取る。
 目の前をヒートホークが赤黄色い軌跡を描きながら宙を斬るのが見えた。倒れないギリギリのところで初めて体勢を整える。先ほど落としたマガジンが最後のものだった。マガジンのないマシンガンでは牽制にもなりはしない。左腕に握られたままのビームサーベルをオン、ザクに向けて役に立たなくなったマシンガンを投げつけ、ザクへと一気に間合いを詰める。
 ルースの踏み込みは速く、鋭かった。投げつけられたマシンガンに気を取られたザクのパイロットでは、反応できない速さ。
「――ハァッ!」
 ルースの一撃はザクの左腰部に逆袈裟で入った。
 致命傷がどうかは分からなかったが、とにかくこれ以上ここに居るのはまずい。ルースのパイロットとしての勘がそう告げていた。ザクの胴を蹴り飛ばすと、倒れこんだザクはもう動かなかった。
 それを確認する暇もなく、ルースはジムを戦場で踊らせ続けていた。射線に追われるように機をビルの影に隠す。カール機に目を向けると、彼の機は左腕を失っていた。そして、そのの後ろにグフが迫っている。カールはそれに気付いていないようだった。
「カール、後ろ!」
 そう怒鳴ると同時に機を走らせる。飛ぶようにビルの森を駆けた。あたりから射線が集中するが、それも気にならない。辺りの全ての物体の動きがスローモーションになったように緩慢な動きになる。グフがヒートサーベルを大きく振り上げるのが見えた。カールが振り返るのが見えたが、絶望的なまでに遅い。そして私はもっと遅かったのだ。そうルースは思った。もう目を閉じてしまいたかった。
 グフがその腕を振り下ろそうとしたまさにその瞬間、振り上げた右腕が爆発した。思わず、ルースは目を見開く。
『今度は俺たちの番かな』
 通信機からアレンの声が響く――どうやらカールを救ったのは、アレンらの分隊のようだ。'リジーナ'の誘導弾はグフを撃破するには不十分でも、一瞬でも動きを止めるには十分すぎる威力だった。グフの両脚を横薙ぎに斬り捨てる。ビームサーベルを逆手に握らせると、倒れたグフの胴体に突き立てた。
「ありがとう――」
『やっとだぜ。感謝の言葉を聞いたのは』
 アレンの指摘のあまりの的確さに思わずルースは赤面するが、ふぅと一つ小さくため息をつくと小さな笑みを作る。
「まったくね。この娘を降りたらもう一回きちんと言ってあげる」
『そいつは貴重だ。楽しみにしとこう』
 ルースは機を起こそうとして違和感を覚えた。機に訪れた致命傷とも言うべき異変にも冷静だった。彼女は一点を見つめていた。損害を知らせるモニターの一点――両膝部に灯った鮮血のような赤色を。

 

 アレンらの分隊はもうその数を3人にまで減らしていた。アレンと、レナードと、一等兵の3人である。3人ともあちこちに傷を負い、顔に表れた疲労は色濃く、埃と硝煙まみれでも隠すことはできなかった。それでも彼らは後退しなかった。いつまでも戦場にとどまっていた。もちろん、後退して安全な地帯などもう残ってはいないのだが。
「一等兵、弾をくれ」
 一等兵は背負った'リジーナ'の重誘導弾をアレンに手渡す。この一弾で背中のラックに弾は残っていなかった。アレンが弾を受け取り、'リジーナ'に弾を詰め込んだ。
「こいつで最後か。ご苦労だったな一等兵。もう戻って良いぞ」
「軍曹も薄情ですね。どこに戻れって言うんです? 最後まで付き合いますよ」
「……オーケー、すまないな」 
 一等兵は返答の代わりにニッと笑うと突撃銃を手元に引き寄せた。
 ルースのジムを観察していたレナードが言う。
「お姫様がピンチだ。動けんらしい。お仕事だぞナイト諸君」
「誰がナイトだよ、レナード。大体、あんな強いお姫様守り甲斐がないってもんだ」
「違いねぇ。逆に普段なら邪魔者扱いだ。今がチャンスってわけだ」
「――今日は随分仕事熱心じゃないかレナード。惚れてるのはどっちなんだ? おい」
 アレンが茶化すように言ったが、レナードはいたって真剣な表情で言ったのだった。
「そうかもな。そうかもしれない」

 これまで従順に従ってきたルースの愛機は、ここにきて反乱を起こした。あまりにも長すぎる戦闘機動に膝間接部に限界がきたのだ。グフにビームサーベルを突き立てた姿勢からなんとか立ち上がるが、両膝の間接にはレッドアラートが灯り、これ以上の激しい機動は無理だと愛機は告げていた。
 いや、両膝ばかりではない、機体のあちこちに赤や黄色のアラートが灯り、いくつかのモニターはブラックアウトしていた。
 ――このへんが、限界か。そうルースが思ったとき、アレンの声が通信で入る。
『まだ動けるのか? 安全なところまで後退して、機を捨てるんだ。援護する』
「なんとか、ね。歩くのが精一杯――援護はいらない。自力で後退できるわ」
『そんな状態でよくそんな事が言えるな。俺たちから見てもいい的だぞ。とにかく、援護する』
 ルースはまだ何か言い返そうとしたが、やがて観念したように
「分かった。お願いするわ。ただし、死なないこと。これは命令ね」
『オーケー。最善を尽くすよ』
 コックピットに耳をつんざくような音がけたたましく鳴り響いた――右後方から敵機。なんとか敵機に正対させた時には、ザクはもう120mmを放っていた。左腕のシールドで胸部を庇うが、度重なる酷使のためシールドに限界が訪れた。120mmはシールドを貫通し、やっと左腕で止まった。左腕全体にレッドアラートが灯る。もう左腕は使えないだろう。
『機を隠せ――任せろ!』

 アレンらは、ザクに気付かれないよう狭い路地を走り抜け、なんとかザクに接近する事が出来た。さまざまなアクチュエータの駆動音まで聞こえるかのような距離だった。しかし、ここからが問題である。
 一撃で仕留める事が出来なければ、全員がザクにやられる事になるだろう。一発の'リジーナ'でザクを撃破するのは簡単な事である。ただ、誰かが囮になり、もう一人が間接部にでも'リジーナ'を撃ち込めば事足りることである。
「俺と一等兵でやる。アレンはそこで見てな」
 アレンは何か言おうとした、しかし、レナードの表情は先ほどの真剣な顔だったのだ。
眼には決意の色が浮かんでいる。アレンは何も言えず、ただ黙って頷くだけだった。アレンが頷くともうレナードの顔はいつものふざけた笑みをたたえた顔に戻っていた。
「――サンキュー」
 何に対しての感謝の言葉なのか、アレンには分からなかったが、とにかく頷いた。顔を突き合わせ、互いに笑みを作ると、一等兵は突撃銃を、レナードは'リジーナ'を抱えて飛び出していった。
 一等兵はザクの正面に躍り出ると、手にした突撃銃を乱射する。5.56mmの弾丸ではもちろんザクの装甲は貫けない。
 ザクが一等兵に気を取られているうちに、レナードは'リジーナ'の射点に着こうと走る。
 ザクが一等兵にマシンガンを向ける。一等兵は最後まで逃げようとはしなかった。
 アレンは一等兵がきっと笑っているのだろうとなんとなく思った。ザクがマシンガンを撃つ。一発、二発、三発。鈍く、重い射撃音が三度轟く。一等兵が立っていた辺りにはもうもうと土煙が舞い上がり、その姿を確認する事は出来なかった。
 レナードが'リジーナ'を構える。しかし、ザクのパイロットは市街戦に慣れていたのか、レナードが引き金を引くよりも早く対人用兵器――ニードルシャワーを打ち上げていた。胸部に取り付けられた二基のポッドが空へと打ち上げられると、軽い音と共に空中で破裂。中には何百もの針や破片が入っている。それがレナードの頭上に降り注いだのだった。レナードはダンスを踊るようにふらふらと揺れると、地面に倒れた。ザクはもう一度辺りを見回すとまた歩き始めた。
 アレンは一部始終を歯を音が鳴るほど噛み締めながら見ていた。土煙が晴れる。一等兵の姿はどこにも無かった。レナードの元へと駆け寄る。
 レナードの全身は、酷い有様だった。それにも関わらず、レナードにはまだかすかに息があった。レナードはアレンが駆け寄ってくるのを感じ、また笑みを浮かべるが、それはいつもとは比べ物にならないほど力無いものだった。アレンに顔を向け、微笑む。口を動かして何か言おうとするが、もはや声にはならなかった。
「なぁ、なんとか言えよ。お前の糞つまんねぇ軽口が聞きたいんだよ」
 レナードの全身が弛緩し、力が抜けていくのがアレンにも分かった。アレンはレナードのまぶたを閉じてやると、'リジーナ'を手に取ると立ち上がった。
「――仇は討ってやる。なに、すぐにいく。安心してくれ、兄弟」
 アレンは、疲労と負傷をものともしないような確かな足取りで一歩目を踏み出した。

 

 ミハイルはもはや満身創痍であった。ルースとの戦闘によって失われた頭部はもちろん、
 脚の関節部には限界が来ていたし、右肩のシールドにはあちこちがへこみ、もはや防御力は期待出来ない。左腕は命中した'リジーナ'によって、肘から下が何本かのコードによってかろうじて繋ぎ止められているに過ぎない。
 愛機がこの状態でもまだミハイルは戦場にとどまっていた。何がそうさせているのか、彼自身にも分からない。
 'リジーナ'の重誘導弾が白煙を曳きながらこちらに向かってくるのを、ミハイルは見ていた。見ていたが、避けなかった。いや、避けれなかったと言った方が良いだろう。機を捻り、なんとかシールドで弾を受け止めるが、その代償にシールドは完全に破壊された。
 'リジーナ'が飛び出したビルの一室、いや、そのビル全体に向けてマシンガンを掃射する。
 ミハイルは初めて敵の事が可愛そうだと思った。自分が死にかけているからそんなことを考えるのか?
 自らを囮としていたのか、最後まで後退せずに155mmを果敢に振りかざしていた61戦車を120mmで撃ち砕く。
 ――なぜ、そうまでする?
 それは敵に向けて発せられた問いなのか、自分への問いなのかは分からなかった。
 辺りに立っているのが気付けば自分一人の事にミハイルは気が付いた。激しいモビルスーツ戦の音は随分遠くに聴こえ、絶望的な戦いを挑んでくる歩兵隊もいなかった。
 もしかしたら、生きて帰れるのかもしれない。
 しかし、ミハイルのその思いはすぐに掻き消される事になる。
「俺も随分、嫌われたものだな」
 ミハイルは空を見上げてそう言った。

 

 アレンはザクの行く手へと先回りしようと路地を駆け抜けていた。'リジーナ'を背負い、疲労困憊した体で走り回るような体力など、もう残っていないはずだった。どこからそんな体力が沸いてきたのか、アレン自身にも分からなかったが、とにかく脚を動かす。
 走る。走る。ザクを倒すために。ルースの元へと。アレンは走った。

 ルースはなんとか今まで身を隠し続けることに成功していた。しかし、どうやらそれも終わりらしい。こちらに一直線に向かってくる機がある事をソナーは示していた。機を起こし、迎え撃とうと体勢を整える。全身のアクチュエーターから悲鳴のような音を出しながら、彼女の愛機は立ち上がる。
 右腕のビームサーベルを発生させ、ザクが充分近づいてきたとき、ルースは機を踊りださせた。
 既に彼女の間合いだった。普段ならば一撃でザクに致命傷を与えられただろう。しかし、彼女の機は普段とは同じ状態ではなかった。ビームサーベルを振るったとき、ガクリと体勢が崩れる。左膝が地面に着いていた。ビームサーベルはザクの目の前の宙を空しく斬るだけだった。

「どこまで無茶しやがるんだよっ! あいつは!」
 ルースの機がビームサーベルを空振りするところを見て、アレンは悪態をついた。
 ザクの気をルースから逸らさねばならない。アレンはザクの正面に回ろうとさらに走った。

 「約束、守れなかったな」
 もうルースの愛機は立ち上がる事が出来なかった。
ルースはコックピットで自分の死神となったザクを見据え、そう呟くと一つため息をついた。自分が死ぬと分かっても、意外と自分が平静な事にルースは気付いた。ただ、アレンとの約束だけが気がかりだった。
 ザクがマシンガンを構えるのが見えた。
『すまんな、約束は守れそうに無い』
 アレンの声が聞こえたのはそれと同時だった。

「すまんな、約束は守れそうに無い」
 それだけ言うと、通信機を投げ捨てる。ザクがマシンガンを構えるのが見えた。 アレンは、ルースのジムの前に立ちはだかるようにザクに身を晒した。'リジーナ'を構え、照準器を覗く。
 ザクがマシンガンを慌ててこちらに向けるのが見えた。
 ザクの右膝部に狙いを付ける。この距離だ、外しようは無かった。
 ザクがマシンガンを撃つ。一発、二発。どちらもアレンの至近距離に炸裂するが、アレンは動じない。
 ああ、今日三度目だなぁとぼんやり考えて、確かに幸運だとアレンは思った。
 アレンが引き金を引き絞る。'リジーナ'の重誘導弾が白煙を曳きながら発射されたのと、アレンの視界は白く染まり、そしてそのまま戻らなかった。

 右膝に寸分違わずに命中した'リジーナ'はザクの右膝を撃ち砕いた。ザクは片膝をつくが、それでもなおマシンガンをルースの方に向ける。ルースは無我夢中で右腕を突き出した。
 右腕のビームザーベルは今度こそザクに致命傷を与えた。もうザクは動かなかった。
 そんなことはルースにはもはやどうでも良かった。ただ、アレンの立っていた場所を見つめていた。そこにアレンがいたという痕跡は何も無かった。アスファルトにいくつものクレーターが出来ているだけである。
 ふと空に眼を向けると、航空機の大量のシルエットが浮かんでいた。空からは轟音が鳴り響いている。
「遅すぎる――遅すぎるのよ」
 連邦軍増援部隊の本隊が到着したのであった。
 ザクから閃光が迸る――そして、爆発。

 

 ミハイルはサブカメラで空を見上げていた。連邦の星マークをつけたガンペリーとミディアが空を支配していた。そこからジムや、パラシュートをつけた戦車が次々と地上へと降り立っていく。
 その光景を、ミハイルはただ何をするでもなくしばらく見上げていた。観念したようにミハイルは機をゆっくりと進め始めた。進む方向は戦闘が起こっている方へ。決して後退ではない。なぜ、そうまでする?
 ――命令だからか? 否、とうに通信は途絶している。後退しようと思えば出来たはずなのに
 ――意地か? 少し、違う気もする
 ――ここが死に場所なのか? そうかもしれない
 ――もう一度、か? そう、もう一度、あの、戦乙女のジムと
 壮絶な笑みを浮かべたミハイルは、さらに進撃する。たった一人で、突撃する。
 2機のジムを見つけた。彼らはまだこちらに気付いていないらしい。
「よろしい、教えてやろう、これからが、本番だ」
 残弾の少ないマシンガンを投げ捨て、右腕にヒートホークを握る。ミハイルはスラスターを全開にし、ビルの森を飛ぶように駆ける。ジムの一機がすぐに間合いに入る。右腕のヒートホークを振るい、ジムの左脚を溶断。超低空で放たれた一撃にジムのパイロットは反応出来なかった。
 もう一人のパイロットは反応することは出来た。しかし、反応するだけで、迫り来るザクへの対抗手段は何もとれなかった。ミハイルは勢いを殺さずにそのまま突進、ジムの胴を横薙ぎに斬り抜ける。両断こそできぬが、充分な致命傷。
 二機のジムが崩れ落ちるのに一目もくれず、次の標的を探す。刹那、衝撃がミハイルを襲った。コンソールから破片が飛び散る。腹部にぬらりと生暖かい感覚があった。腹部に激痛がはしる。眼をやると、腹から大きな破片が生えていた。鋭い破片をつたって真っ赤な血液が滴り落ちていくのを、ミハイルは冷静に観察していた。
 被弾と同時にミハイルは機を反射的にビルの影に隠している。ジムが慌てて追ってくる。スコア稼ぎに必死なのだろうか、その動きには焦りが見えた。
 ジムのパイロットはミハイルの行動を後退と勘違いしていた。ミハイルはビルの影でヒートホークを構え、ジムを待ち受けていたのだ。ジムが角から姿を現した。
「落第点だ」
 そう短く宣言すると、ジムの頭を刎ね飛ばす。ジムのパイロットにはなにが起きたか理解できなかった。理解する前にヒートホークの第二撃をコックピットで受けたからだ。
 意識が朦朧としてくる。なぜ自分がこうしてモビルスーツを操縦出来ているのか不思議なほどだった。連邦のパイロットらもこのザクが見た目と違い、手強い相手だと認識したのか、秩序だった動きに変わり、徐々に包囲の輪を狭めてきている。
 ミハイルは朦朧とする意識の中でなんとか機を進めていた。なにか目的があったわけでもない。今更生き残れるとも思っていない。ただ何かに引き寄せられるように満身創痍の愛機と体を動かしていた。

 角を曲がると、一機のジムがいた。そのジムは左膝を地に着け、擱座していた。
 ――左肩の戦乙女のエンブレムが視界に飛び込んできて、ミハイルは微笑んだ。
 崩れ落ちそうになる機と体を奮い立たせ、ヒートホークを振り上げる。ヒートホークを再度発熱させようとすが、どこかにガタがきているのかヒートホークはただ静かな金属色を見せているだけである。勢い良くヒートホークが振り下ろされる。が、発熱していないヒートホークではジムの装甲を断つ事はできない。装甲に少し食い込んだところで刃は止まってしまった。
 しかし、その事にもうミハイルは気付いていなかった。コックピットで動くものは腹部から流れ落ちていく血だけだった。
 ミハイルが最後に見たのは、煤けた戦乙女のエンブレムだった。彼はコックピットで満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 至近距離でのザクの爆発に巻き込まれても、ルースの愛機はなおも主を守った。ザクはもう残骸以上のものではなかった。愛機はその命をほとんど失っていた。あちこちにザクの破片が突き立てられ、装甲を切り裂いていた。メインディスプレイも切り裂かれ、カメラを通した映像ではなく、ルースの肉眼で外を確認する事ができた。
 何をするでもなく、コックピットにただ座っていたルースは、大破したザクが突如現れたのを無感動に見つめていた。ザクの足元はふらふらとして定まっていない。ルースはなんだか可哀想だと思った。ザクがぎこちない動作でヒートホークを振り上げる。
 ――ああ、私は死ぬのか。そうぼんやりとルースは思い。眼を閉じた。一秒、二秒。
 コックピットでこんなに長い時間眼を閉じたのは初めての事かもしれない。もっとも、私は死ぬのだからもうそんなことは関係ないが。
 小さい衝撃が襲った以外、ルースに訪れた変化はそれだけだった。死とはこういうものなのかと思ったが、なにやら様子が違った。
 恐る恐る眼を開ける。まだ自分が愛機のコックピットに居るのにルースは驚いた。覆いかぶさるようなザクの巨体は沈黙している。
『201号機、幸運だったな』
 本隊の一機だろうか、聞き慣れない声が通信をよこしてくる。
『ヒートホークも、パイロットももう限界だったらしいな。ジオンはもう後退を始めているぞ。私たちの、勝利だ』
 外部カメラの一つが金属色をたたえたヒートホークが胸部に食い込んでいるのが見えた。
 ザクの右肩に眼をやると、小さく白い花が控えめに描かれているのに気付いた。ああ、あの機だったのか。
「――カモミール」
 ルースは声に出して唐突に思い出された花の名を紡いだ。
 そのカモミールは全身に傷を負った中でなお、汚れ一つ無い姿で美しく輝いていた。

 

 ルースがこの街を再び訪れたのはそれから一年後の事だった。ルースらは結局地上に残り、ヨーロッパ戦線を戦い抜いた。
 この街を訪れたのは訓練で近くまで来たので、休暇を利用して訪れたのだ。ルースは戦争が終わった後も軍に残った。地位も今や一介のモビルスーツパイロットではなく、一年戦争を戦い抜いたベテランとして教官側にまわっている。
 街の風景は何も変わっていないな、とルースはラコタを走らせながら思った。どうりでこの街に行くと言った時、上官が変な顔をしたのも頷ける。
 この街は忘れ去られた街だった。戦後復興から無視され、戦場となったあの日のままその姿をとどめているようだった。あちこちに戦闘の傷跡が残されていた。炎上したAPCの残骸や、仰角を掛けたままの戦車。誰かの墓なのだろうか、立てられた突撃銃にヘルメットが被せられている。そして、もう動く事は無いモビルスーツ達があちこちにその巨体を横たえていた。
 街は死んだように静かだった。ただラコタのエンジンだけが唯一の音だった。
 目的の場所を探し当て、ラコタから降りる。モニュメントのように固まったジムとザク。
ジムの左肩には、戦乙女が。ザクの右肩にはカモミールがそれぞれ描かれている。もうそれはすっかり色あせ、初めて見た人ではそれが何か確認する事は出来なかっただろう。だが、ルースにはそれが何かはっきりと理解できた。
 傾いた日が、二機のモビルスーツの影をさらに長く引き伸ばしていた。懐から煙草を取り出すと、ライターで火をつける。
さらにもう一本、今度はライターを使わず、先ほど火をつけた煙草に押し付け、火をつけた。
 一本を口に運び、もう一本を地面に立てると、ルースは腰を下ろした。
 紫煙を吸い込み、肺を満たす。二筋の紫煙が宙に立ち昇り、消えていく。
「禁煙、今日で一年だったのに」
 ルースは一人、続ける。
「本当にあれで最後の一本になるところだったじゃない」
「今日は、約束を果たしにきたの――しかし、命令も、約束も破られるとは思わなかったわ」
 ルースはそれだけ言うと、もう何も言わなかった。ただ静かに煙草を吸っていた。
 煙草を中ほどまで吸うと、地面に投げ捨て、ラコタに戻る。もう一度だけ眼をやり、走り出す。
 ラコタのエンジン音が遠ざかると、元から喧騒など無かったかのように街は元の静寂に包まれていた。ただ二本の煙草から立ち昇る紫煙が、宙でゆらゆらと交じり、掻き消えていく。異なっていたのはそれだけだった。

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