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ネズミたちの戦争


 

 

 ミハイルは敵と罠だらけの中を無暗に動き回る愚は犯さなかった。しかし、それは戦術的には正しくても、僚機を失って怖気づいたととられてもおかしくはなかった。そしてまさに、増援でやってきた小隊はミハイルをまさしくそういった眼で見ていた。
『子猫ちゃーん、助けに来たぜ』
『第一小隊のセドリック中尉だ。救援要請の信号弾を上げたやつは君か?』
 厭味ったらしい口調が通信で流れ込む。顔を見ずとも相手のニヤニヤとした嫌な笑顔が分かりそうだった。
「第三小隊のミハイル准尉だ。救援感謝する。これよりそちらの指揮下に入る」
『なんだい、てっきり俺は一人になって救援要請を出すぐらいだからオカマ野郎みたいなやつかと思ってたぜ』
 通信機から笑い声――いや、嘲笑が溢れる。ミハイルは通信を切ってしまいたかったが、グッと堪えた。この状況だ。通信を切れば、自らの生死にかかわる。もっとも、彼らが自分に適切な報告を入れてくれればだが。
 突如、ビルの一室から2発の"リジーナ"が飛び出し、セドリック中尉とやらのグフに猛然と向かう。一発が胸部に命中したが、頭部を狙った一弾は狙いを外れその後方のビルに飛び込み爆発した。
 さらに3輌の61式戦車がビルの影から現れ、155mmを振りかざした。ミハイルにとっては僚機を屠った仇ともいうべき存在だ。
 不意を突かれたとはいえ、彼ら――いや、ミハイルの反応は早かった。
すぐさまビルの影に身を隠して61式戦車の射弾を回避し、"リジーナ"が放たれたビルにマシンガンを撃ち込んでいく。
 その時、ちら、と何か巨大な影が動くのにミハイルは気がついた。モビルスーツか――?
「注意しろ、連邦のモビルスーツかもしれん」
『おいおい、ビビりすぎて幻覚まで――』
「散開しろ!」
 ジムが突如ビルの陰から姿を現し、ミハイルらに向け100mmを放つ。ミハイルの反応は早かったが、セドリックらはそうはいかなかった。先頭のザクには何発もの100mm弾が突き刺さる。動力パイプが吹き飛ばされ、左腕関節部に飛び込んだ一弾は間接部を打ち砕き、そこから下が地面に落ちる。ミハイルが牽制に120mmを放つとジムはすぐにビル群に身を隠した。単機とは思えなかった。まだ居るはずだ――。
『ローラン、大丈夫か?』
『ええ、左腕をやられただけです。やれます』
 そんな会話をしている暇があったら脚を動かせ――とミハイルは怒鳴りつけたかった。
 また影が動く感覚――かなりの近距離だろうとミハイルは予想をつける。彼はパッシブ・ソナーを起動させた。モビルスーツには索敵用にソナーが装備されている。このような、視界もレーダーも利かぬ戦場を想定されてのことだ。しかし、本来ソナーとは水中用の索敵に用いられるものだ。地上での探知距離はかなり狭く、モビルスーツのような巨大な物体でも正確な結果を期待できるのはかなりの近距離のみだった。
 そのソナーに反応。10時方向、近距離。
 ザクの姿勢を低くし、少なくとも目視発見は避けるように移動する。もっとも、相手もソナーを使っていればこちらの動きは手に取るようにわかっただろうが。
 ミハイル機がマシンガンを構えて飛び出した時、彼我の距離はほとんどなかった。
 照準レティクル一杯にジムの箱型の胸部が広がっている。トリガーを引き絞る。フルオートで放たれた120mmの徹甲弾が吸い込まれるようにジムの胸部へと狙い通り殺到する。
 ジムのパイロットの反応もなかなかのものだった。とっさに左腕に装備された小型のシールドでコックピットをかばい、バックステップ。手にしたマシンガンで反撃を試みる。
 もうミハイルは次の一手を打っていた。右肩に装備されたシールドを突き出すようにして地を蹴り、同時に左腕でヒートホークを抜刀。100mm弾がシールドに歯を立てる。しかし、シールドを貫通することもミハイル機の勢いを止めることもできなかった。
 そのままシールドごとジムに体当たりしたミハイル機は、左手のヒートホークを振るう。狙いは右腕。バランスを崩したジムの、マシンガンが握られた右腕を肩口から溶断。ジムはそのまま尻もちをつくような態勢で倒れる。だがパイロットは闘志を失ってはいないようで、なおもジムは立ち上がろうとした。
「良いパイロットだ」
 マシンガンをジムに向け、膝の関節部を撃ち抜く。
 これで充分戦闘力は奪えただろう。情けをかけたわけではない。何も殺す必要はないとミハイルは判断したのだ。なにより、これで連邦軍はこのジムのパイロットを救出する手間が増えたのだ。殺してしまえば、そうはいかない。
 あと何機の敵機がいるかは分からなかったが、先ほどの戦闘に気が付かないはずはなかった。すぐに敵機が集まってくるだろう。味方――あのイケ好かないヤツらはどうやら61式戦車を追い回すのに必死らしい。こちらの援護など頭には無いようだということが分かって、一人の方がやりやすくて良いと思い、笑った。猛禽を思わせる笑い方だった。

 

 アレンは何度目かの「なんでレナードと一緒のラコタに乗ったのだろうか」という後悔に襲われていた。尋問は飽きもせず続いていた。やれ、お前はやっこさんに惚れたんだろう。確かにあの中尉は美人だがああいうタイプは男をダメにする。だいたい、自分の色恋沙汰に分隊員を巻き込むとはどういうことか。不届き千万。俺が天誅をくらわしてやる、云々。まったく、後悔先に立たず――だ。あれ、後に立たずだったかな。どっちだっけ、忘れちまった。アレンは少々現実を遊離して平和な想像の世界にいた。
 平和を引き裂いたのは通信機から流れ出したルースの声だった。
『アレン軍曹、いったい何やってるの?』
「邪魔になるからおとなしく待機しとけっつったのは中尉でしょうが」
『まぁまぁ、そう腐らないで軍曹。出番よ。嬉しいでしょう』
「嬉しすぎて反吐がでそうです中尉殿」
『よろしい。203号機――ジェフ機が敵モビルスーツの攻撃で擱坐したわ。ジェフをあなた達で収容して』
「敵モビルスーツって――じゃあジェフとやらのジムの近くにはザクがいるわけか?」
『そうでしょうね。安心して、援護はちゃんとするわ。以上』
 アレンは今日何度目かの大きなため息をついた。レナードは運転席でついに自分の恋愛観まで語りだしていた。このまま放っておくと自分の人生プランまで語りかねない状態だ。銃座についた一等兵が熱心にふんふんと聞いている。なんて光景だよ……とアレンは思い、またため息が出そうになるのをこらえた。
「講演会を開いてるところ悪いが、お仕事だ。話は聞いていたよな?」
「いや、すまん、聞いてなかった」
「だろうな。俺もそう思ってたところだ。かいつまんで説明すると、俺たちは巨人の園に突っ込んで囚われのお姫さまを助け出さなきゃならん」
「なるほど。さっぱり分からん」
 レナードを張り倒そうとアレンが決意した瞬間、急に日が陰った。見上げれば、ジムが見下ろしている。肩には202とマーキングがあった。
『エスコートします。少し飛ばしますがついてきて下さい』
「へいへい、了解」

 

『中尉、気を付けてください。こいつは――手練です』
「分かってるわジェフ。そこでおとなしくしてなさい。じきに助けが来るわ」
 ジェフはコックピットに閉じ込められていた。主電源は生きていたが、衝撃で装甲が歪みコックピットハッチが中からは開かないのだ。ジェフとの通信を終えると、あえてルースは機体をジェフ機を屠った敵機にさらした。ジェフは、決して腕が悪いパイロットではなかった。ただそれ以上に敵が手練だっただけだ。ルースは体の芯に熱いものを感じていた。
 それは、近い言葉を探すとすれば高揚感に近かった。
 モビルスーツパイロットにとって手強い敵と一対一で戦えるのは喜びだった。
それはまったく許されざる思想である――戦争をスポーツのように楽しむようなことは許されることではない。それでも彼ら、彼女らモビルスーツパイロットは強敵との全身全霊をかけた戦いを望み、勝者には敬意を、敗者には慈悲を与えるのだ。
 相対した二人のパイロット、ルースとミハイルはお互いそういう人種だった。彼らは深い部分で繋がっていたのだ。

 ミハイルはジムを見た。全体は直線で構成されており、頭部にバルカン砲はなく、ビームサーベルも背中から飛び出していないタイプのジム――たしか陸戦型とか言うタイプのやつだ。そうそうお目にかかれるタイプでは無い。通常のジムよりもいくらか手強い相手だ。あちこちの塗装の剥がれや塗りなおした部分、現地改修であろう増加装甲板などがこのジムが手強い相手だということをミハイルに示していた。
 そして何より、左肩の戦乙女のエンブレムにミハイルは眼を奪われた。ただの見掛け倒しか――それとも本当に戦い甲斐のある相手なのか。

 ルースはザクを見た。ジェフに反撃する間も与えずに倒したのだ。腕は申し分ないだろう。未だその左手にはジェフを打ち倒したヒートホークが握られている。右肩にはパーソナルマークだろうか、小さく白い花が控えめに描かれていた。何度も描き直したのだろうか。あちこちの塗装が剥がれ、地銀が見える部分まであるというのにその花は美しく輝いていた。ふと、ルースはこんな瞬間でも何の花だったか思い出そうとしている自分に気づき、焦った。

 彼らが睨み合ったのはほんの一瞬だったが、二人にとっては随分長い時間のように思えた。距離はいくらもない。勝敗は一瞬で決まる――。
 二人は、互いのコックピットで小さく笑みを作った。
 先に動いたのはルースだった。マシンガンを腰の位置で構え、掃射。命中は元から期待していない。
 ミハイルは機をバックステップさせ、さらに角を曲がりビルの森に身を隠す。100mm弾はミハイル機の後を追うようにその後ろのビルに次々と突き刺さる。
 ルースは真っ直ぐ追おうとはせず、自分も手近な遮蔽物に身を隠し、辺りをうかがった。どこからくる――?
 息を吸い、吐く。一回、二回。ソナーは既に起動しているが、未だ何の反応もない。この距離でまだ何の反応も無い――おかしい。
 ルースの焦りが浮かんだ目に飛び込んだのは、太陽を背に飛翔するザクであった。ザクのシルエットが逆光で黒く浮かび上がる。その中でただモノアイだけが不気味に輝いている。
「なんて非常識――!」
 モビルスーツ同士の地上戦闘において、セオリーにのっとれば高いジャンプは禁じ手のようなものだった。空中に身をさらせば身を隠す遮蔽物はなく、良い的になってしまう。射撃を空中機動で回避するのは至難の業である。さらに、大質量のモビルスーツを空に浮かすのだ、当然大量のプロペラントを消費し、後の戦闘機動に多大な影響を与えるからだ。
 それにもかかわらず、ミハイルは空中に己の愛機を飛翔させた。
 ルースが慌てて照準をつけ、100mmを放つ。ミハイルは、やってのけた。AMBACの要領で左足と左腕を大きく振り、さらにスラスターで強引に機体を振り回す。ザクは三次元的な機動で射弾を回避し、空中で一回転してルース機の背部目指して降下。道路のアスファルトを盛大に砕きながら着地した。
 間髪入れず、左腕のヒートホークが赤黄色い軌跡を描いて振るわれる。狙いはむき出しになっている左膝部。
「獲ったっ!」
「――ッ!」
 ミハイルの裂帛の気合と、ルースの声にならない悲鳴が交差する。
 ルースはスラスターを全開、すんでのところで回避。そのまま強引にターンを行うと、機体を正対させ、マシンガンを構える。しかし、ミハイルの方が早かった。すでにミハイルは二の太刀を振るっていた。ルースはそれを咄嗟に手にしたマシンガンで受けとめる。
 唯一の火器を犠牲にした行動は、ルースの予期せぬ効果を生んだ。マシンガンの弾倉が誘爆したのだ。一瞬、ミハイルに隙が生まれる。そして、その隙を逃すルースでは無かった。
 サーベルを抜刀させてはくれないだろう――ルースは瞬時に判断すると、ならばとばかりにザクの首を狙って左腕に装備された凸型シールドを振るう。渾身の力で振るわれた凸型シールドは狙い通りザクの首に入った。頭部が刎ね飛ぶ。宙を舞い、地に落ちたと同時にモノアイは力なく光を失う。
「もう一撃っ!」
 裂帛の気合とともにもう一度シールドを振り上げる。ミハイルのとった行動は、ルースの予想の上を行った。背部スラスターを全開にすると、そのまま左肩に装備されたスパイクアーマーをルース機に向けて突進、体当たりを敢行したのだ。ルースはコックピットでバウンドする体を必死に抑え、ザクを見据えていた。――サーベルを。
 ルースが抜刀したときすでにミハイルは体制を整えていた。彼はすぐさま距離をとる。もちろん牽制にマシンガンを撃つのを忘れないでいた。そして、そのままビル群へと消えていった。ミハイルは左肩の戦乙女のマークを眼に焼き付けておいた。忘れてはならない。久しぶりの強敵だ。
 ルースが追おうとジムを身構えさせた時、通信が入った。202号機――カールからだった。
『敵機3機と会敵――救援を!』
「……分かったわ、すぐにいく」

 

「ちくしょー! ドンパチならあっちでやれ! 殺す気か!」
『無茶言わんでください! こっちも必死なんです!』
 ジム202号機のパイロット、カール君は律儀にそう返してくれた。レナードの言葉なんて無視しときゃいいのに。アレンは頭上の喧騒をものともせず、ぼんやりとそう思った。しかし、レナードの言うことも最もだった。追い回されていた61式戦車と、それを追っていたジオンのモビルスーツ隊。ジェフの元へと行く途中、ばったり会ってしまったのだ。
 カールは言ったとおり必死だった。戦車隊を援護しつつ、3機のモビルスーツを相手にしなければならない。カールのジムはビルを盾にし、マシンガンだけを露出させて銃撃を加えている。
 銃撃戦による流れ弾があたり一面に着弾する。その内の一弾がアレンらが乗っていたラコタの真上のビルに着弾する。
「死ぬ! 死んだ!」
 喚きながらレナードがラコタを急発進させ、降ってきたコンクリートの塊を避ける。銃座から後部座席に避難した一等兵も青ざめた顔をしている。
「このままじゃラチがあかん! 俺たちは先行ってるぞ」
 アレンがたまらずに通信機に怒鳴りつける。
『分かりました。先に行ってください! ここは僕が食い止めます!』
「カール少尉! そのセリフはやばい。マジにやばい。撤回した方が良い」
「黙ってろレナード! すまん。死ぬなよ!」
『は、はあ……任してください』
 カールは不思議そうな声で返してきた。本当にレナードはいらんことばかり言う。ほら、一等兵が興味津々といった顔でレナードにどういうことかと聞いてやがる。
「レナード、さっさと発車しろ!」
「へいへい。そう怒鳴るなよ……」

 擱座したジムはすぐに見つかった。確かにジムはひどい有様だった。両膝は打ち砕かれ、その肩口から切断された右腕が傍らに転がっている。胴体は殴られたようにひしゃげている。ジムの隣にラコタを横付けし、レナードが通信でジェフに呼びかける。
「おーい、生きてるか? 死んでなかったら返事しろ。めんどくさいからできれば返事すんなよー」
『……生きてるっつーの』
 レナードが露骨に舌打ちをする。
『早く助けてくれよ。閉所恐怖症になりそうなんだ』
「女のパイロットだったら早くしたんだが……隊長が女だから期待したんだがなぁー!」
 そう言うと、レナードは大きくため息をついた。顔を伏せて「畜生、畜生」と呟いている。こいつは駄目だ。脳が腐ってやがる。アレンはそう思い、レナードから通信機をひったくる。
「そっちからは開かないんだな?」
『ああ、コックピットハッチの横に強制排出のハンドルがあるはずなんだよ』
「オーケー。ちょっと待ってろよ」
 レナードの方を見ると今度は運転席にふんぞり返って座っていた。その目は「お前が行け。俺は行く気はない」と言っていた。一等兵も白々しく声に出してリジーナの手入れをやっていた。
「……あとで覚えとけよ」
 ジムの体をよじ登ろうと手を掛けるとジムはまだ熱を持っていた。手にグローブをはめる。整備用だろうか、手を掛ける梯子が用意されていたおかげでアレンは特に苦労もせずにコックピットハッチまでたどり着いた。これだろう。黄色の矢印が示す先にハンドルを見つけ、手を掛ける。
「開けるぞー」
 ハッチが炸薬で飛びコックピットが露出した。腕を伸ばしジェフの腕を掴み、引っ張り上げてやる。
「ああ、ありがとう。助かったよ」
「救援隊が助けられてどうすんだよ……」
「すまんな。あんな強いやつと会ったのは初めてだ。出来れば二度と会いたくない」
 グラリ、と振動がジムの上に立っているアレンとジェフを襲った。アレンとジェフは顔を見合わせた。揺れはまだ、いや、だんだんと強まってくる。これは急いだほうが良さそうだ、とアレンが一歩踏み出したとき、一機のザクが彼らの前に現れた。
 アレンにはレナードが車内で喚いているのが聞こえるようだった。すぐにジムを駆け下り、車内へ潜り込むのとザクがマシンガンを撃ち始めたのは同時だった。
「カールのやつあんな決め台詞吐いたくせに、止めれてねぇじゃねぇか!」
 レナードはラコタのアクセルを踏み込み、タイヤから白煙を上げながら発車する。彼はラコタを手足のように操りながら、なんとか射弾を縫うようにして回避していく。しかし、それにも限界があった。
「なんてこった、変な女に関わったばっかりに死ぬなんて。畜生、べっぴんだからって俺を殺していいのかよ!」
「死にたく無ぇー! まだ隊長のオッパイも見て無いのに!」
「確かに、そりゃ死ねない!」
 アレンはこの馬鹿二人と一緒に死ぬのはなんとしても避けたかった。神にでも祈ろうと思ったその時、通信機からルースの声が聞こえた。
『聞こえてるわよ、馬鹿ども!』
 どうやら通信機がオンになりっぱなしだったらしい。それと同時に、車体を揺らしていた射弾も止まる。見ると、ルースのジムがザクに体当たりを仕掛けている光景が目に入った。
「女神様だぜ!」
 先ほどの自分の発言をもう忘れたかのようにレナードが叫んだ。もっとも、彼らの胸中はどれも同じようなものだったが。
 ザクはそのまま跳ね飛ばされ、後ろのビルに轟音と共に激突し、その巨体をビルに預けた。ルースは右膝からビームサーベルを抜くと、ザクのコックピット部に深々と突き立てる。ザクのモノアイが力を失うように光を無くし、うなだれるように行動を停止した。
 車内の四人が助かったとばかりに安堵のため息をついた。しかし、本当の苦難はまだ、いや今始まったのだという事を、ルースの怒号が通信機から流れ出したとき彼らは思い出し、アレンがまたため息をついた。もちろん、今度は安堵のため息ではない。

 

 ルースらが市街中心部に移動したとき、ウォーレン大尉が待っていた。ウォーレンは、ずっと地下にいたからか、目を眩しそうに細めている。
「ご苦労だったな、ルース中尉」
 ルースとウォーレンが手を握り合う。アレンらに「君たちも」とウォーレンは付け加えた。
「状況はどうなっていますか?」
 と、ルースが尋ねた。
「芳しくない――な。ジオン軍はさらに増強され、もうすぐそこまで来ている。
君たちのおかげでなんとか展開していた部隊をここまで引き戻せたが、それでもどれだけ時間を稼げるか分からん」
 ウォーレンは最後に、少しの間だろうがゆっくり休んでくれと言うと、また地下へと戻っていった。
 ウォーレンの言った通り一息つこうと彼らは適当に腰を下ろした。
すぐに圧倒的なジオン軍が来ると分かっていても、悲壮な様子はどこにも見られず、心底リラックスしているように見えた。

 ルースがアレンの隣に腰を下ろした。なぜかルースがおずおずとした様子だったのがなんともアレンには可笑しかった。
「――火、ある?」
 アレンが笑いをかみ殺しながら無言でジッポを差し出すと、ルースも無言で煙草を口にくわえる。アレンが火をつけてやると、ルースが紫煙を深く吸い込んだ。
「ありがと」
「俺にも一本」
 受け取った煙草をアレンが口にくわえ、火をつけようとすると、ルースがライターを差し出した。アレンは何も言わず、ただ口にくわえたまま煙草をライターに近づけ、もう一度火が灯る。
「……持ってるんじゃねぇか」
 ルースはその問いを恥ずかしそうに苦笑で返した。
「禁煙、今日で一週間目だったのに」
 白い煙が二つ。静かにゆらゆらと立ち上る。深く吸い込み、肺を紫煙で満たす。
 二人に会話はなかった。静かに煙草をお互いくゆらすだけ。
 辺りは奇妙な静寂に包まれていた。ジオンは、本隊は、いつくるのか。そんな考えがアレンの頭をよぎったが、空中で掻き消える煙のようにすぐにどこかへと散ってしまった。
 アレンが煙草を吸い終え、地面で火を消すと、ルースはまだ煙草を吸っているのに気付いた。
「随分根っこまで吸うんだな」
「これが最後の一本」
「お前、いつもそんなこと言ってんだろ」
 ルースは何も言わず、小さくなった煙草を地面で揉み消す。
「じゃあ、またね」
 ルースが立ち上がってそう言った。少し歩くと、
「あ、ちょっと待って」
 そう言って行きかけていた足を止め、アレンの方へと戻ると腰を屈め何かを差し出す。随分芝居がかった動作だとアレンは思ったが、きっと気のせいだろう。
「もう一本あげとく――また会えたら、また一緒に、ね」
 ルースが顔を背けながらそう言ったので、今度はアレンが苦笑する番だった。
「物騒だな。さっきの一本が最後の一本じゃないのか?」
「ああ、やっぱり、最後の一本は取り消しね。取り消し」
 アレンに顔を向け、微笑むと、ルースは愛機へと戻っていった。

「准尉、後退は許可されていない」
「メインカメラをやられています。関節部にもガタがきてます――これ以上の戦闘は――」
「准尉、もう一度言った方がいいか? 許可なしに後退すればそれは敵前逃亡だ。分かるな?」
「……了解。戦闘を続行します」
 ミハイルが機に負った損傷は決して小さいものでは無かった。いや、それどころかメインカメラを損傷したことにより、視界を解像度の低いサブカメラに頼りにしなければならなかった。これではろくな索敵ができない。この戦場において致命的な損傷だった。
 しかし、後退は許可されなかった。ミハイルは市街中心部へと進撃するしかなかったのだ。
 ミハイルは悪態一つつかずそれを受け止めた。事実上、「死んでこい」と言われたのと同じようなものだったにも関わらず、彼の心は平静そのものだった。
 ミハイルは進撃した。街の中心に向かって。自らの死に向かって。

  


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