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ネズミたちの戦争


 

 

 その街は、いまや死の街であった。十字路に散らばる瓦礫、もとの形がまったく想像できないコンクリートの残骸。ガラスというガラスの割れたビル。その光景は何もかもが死を感じさせるものだった。
 すでにこの瓦礫と砕けたコンクリートにまみれた街に本来の居住者はいない。今この死の街に住むのはねずみの様に路地や瓦礫の影、うち捨てられたビルに身を隠した連邦軍将兵のみである。
 厚く、暗い雲は低く頭上に覆いかぶさっている。ときおり聞こえる遠雷のような音は重砲のそれである。終末のような光景に、瓦礫の上で双眼鏡を覗いていたアレン軍曹は思わずため息をついた。世界の終わりを告げるように、地面が小さく揺れ始めた。
「おいでなすったぞ」
 まるで地震でも起こっているかのような揺れだ。だが、それは地球本来の動きではなかった。人類が作り出した最強の機動兵器、モビルスーツが歩行するときに引き起こす揺れである。
 アレン軍曹が双眼鏡で覗いた視界からは原因であるモビルスーツ――2機のザクをハッキリととらえていた。ザクの姿を確認し、さらにその足元を注意深く見渡す。打ち捨てられたエレカと、地面に転がった看板が見えるだけだった。アレンが再び視線を上に戻したとき、後方の一機の肩にささやかだが小さいマークがあるのが見えた。
 2機のザクは市の東部から東西を通るメインストリートでもって侵入していた。かつての繁栄を物語るものは道幅以外にはまるで無かった。
「06タイプが2機、来るぞ。随伴は無しだ」
 手元の通信機にそう告げる。市の中心部に潜伏――文字通り、ネズミのごとく身を潜めた本部に向かって報告する。
『了解した。北部からも報告があったぞ。今日は盛大なパーティが開けそうじゃないか』
「少々ボーイの数が足りないのが難点ですな」
『違いない。ポイントC3でダドリー中尉の部隊に合流してくれ。チップはもらってこなくて結構だぞ』
「アイアイサー」
 揺れは、ますます強くなってきていた。
「お客さん、どちらまで?」
 バイクに跨ったレナード上等兵が冗談めかした口調で言う。こいつはいつだってふざけた笑いを顔に浮かべている。多分死に顔も笑い顔だろう。
「そうだな――」
 アレンがそう言いかけたところで、ザクがその手に持ったマシンガン――と言っても口径は戦車砲並みだが、をアレンらに向け撃ってきた。あたりに120mmの砲弾が着弾し、コンクリートや土煙を派手に巻き上げる。
「天国はゴメンだな」
「畜生。まったくだ」
 距離が遠いことが幸いし、彼らはなんとかミンチ肉になるのを避けられた。アレンがすぐにバイクの後ろに飛び乗ると、バイクは悪路をものともせず、市街中心部へと走り出した。
 この死の街に身を潜めた連邦軍将兵――第55連隊第2機械化歩兵大隊の命は、今や絶たれようとしていた。彼らはジオン軍の局所的な反攻作戦によりこの街に孤立し、持久せざるをえないのであった。ジオンのやつらはすぐに来る。その圧倒的なモビルスーツを押し立てて。
 救援は、いつ来るのか。救援が来るまで彼らは数輌の戦車と、対MS重誘導弾'リジーナ'でモビルスーツに立ち向かわねばならなかった。
 悲壮な決意を持って彼らは待った。救援と、ジオンのモビルスーツを。

 

「撃つな上等兵! もういい。弾の無駄だ」
『糞ったれ。連邦のネズミどもめ』
 糞ったれと言いたいのはこちらの方だ――そう言いたいのをミハイルはグッとこらえた。
彼の気分は最悪に近かった。中隊長は気に入らない奴だったし、そいつから与えられた任務もまた気に入らない物だったからだ。さらにおまけは糞ったれ新兵ときた。
 いかに気乗りしなくても、彼は第一次地球降下作戦からのベテランだった。モニターの隅々まで目を走らせ警戒を怠ることはしない。視界は利かず、行動はかなり制約されている。モビルスーツの背を越す巨大なビルが立ち並び、細い路地が無数にはしっている。身を隠したり、ブービートラップを仕掛けるのは造作もないことだろう。ミノフスキー粒子もかなり濃く散布されていた。レーダーはもちろん、遠距離通信も難しかった。
 2機のザクは警戒しながら進んでいった。大きな十字路に差し掛かった時だった。突如、空間が火と破片をまき散らした――何個もの跳躍地雷の一斉起爆だった。スプリングか何かで空中高くまで飛び上がり、起爆。ボールベアリングや破片をまき散らす地雷だ。両脇に乱立するビルの側面に取り付けてあったのだろう。わざわざ跳躍距離が長くなるよう改造が施されているらしい。
 まるで人の立ち入りを拒絶するジャングルのようだった。このコンクリートのジャングルを今から制圧することを考えて、胃に鉛をつっこまれたように気が重くなる。
「大丈夫か?」
『畜生。なんだってんだ――』
 それが来たのは爆炎が晴れてすぐだった。両脇左右下部のファン、その左右上部には五連装のミサイルポッドが装備されたホバークラフト――ファンファンだ。
『――いつのまにこんな距離まで!』
 カルロ上等兵の罵りとも悲鳴ともつかない声はファンファンが一斉に放った十発のミサイルが着弾と共に引き起こす爆音にかき消された。ファンファンは攻撃の成否を見届けようともせず、彼らの前を全速力で横切った。
 ザクの強固な前面装甲は、その攻撃を難なく耐えることができた。しかし、いかに強固な装甲と言えど、パイロットの精神まで守ることはできなかったのだ。頭に血が上ったカルロはファンファンの後を追う。ファンファンが右に曲がるのをカルロの目が捉え、さらにスピードを上げて追った。
「上等兵、待て! 深追いするな」
 カルロの耳に、その声は届かなかった。そして、それが生死を分ける結果になった。
 ファンファンを追って右に曲がった時、カルロが見たのは更に右へと消えてゆくファンファンと――2門の砲門に仰角をかけ、こちらに向けている3輌の61式戦車。
 距離が、近い――まずい。カルロがそう思ったのと、衝撃が襲うのはほぼ同時だった。
 反撃はもちろん、回避も、防御もできず、次々と155mmの徹甲榴弾が突き刺さり、カルロ機の装甲を食い破る。カルロ機のコックピットに砲弾が飛び込むのに、そう時間はかからなかった。
 ミハイルはカルロの後を追い、その光景――カルロ機が次々と被弾し、ズタボロになっていく様を見た。そして、一弾がコックピットに直撃し、カルロ機が後ろ向きに轟音と共に倒れた。コックピットには一際大きな穴開いていて、ミハイルはカルロの生存をあきらめた。赤茶色い液体がその周辺から流れていた。オイルだとミハイルは思いたかった。
 0079年11月の戦線は、新兵には厳しすぎるのだ。ミハイルは奥歯を音が鳴るほど噛みしめた。
 ミハイルがすぐに飛び出し、マシンガンを構えるが、すでにカルロ機を撃破した連邦の部隊は撤退していた。すぐに追いたいところだったが、何が仕掛けてあるか、何が待ち受けているかわからない。ミハイルは、機を慎重に進める。
 ミハイルはカルロ機の脇を通る時、カルロ機の光を失った頭部がこちらを睨んでいるような気がしてならなかった。

 

「敵がウジャウジャいる街に突っ込まされる俺たちの気持ちにもなってみろってんだ」
「せめて準備砲撃ぐらい入念にやれってもんだ」
「ルッグンもなしに鼠狩りかよ。反吐が出るぜ」
 クルツ伍長がひっきりなしに吐き出す言葉は市街北側から進入したジオン軍兵士達にとっておおよそその通りであった。
「APCが6輌――先頭はマゼラだ。いや、マゼラがもう1輌いる――マゼラ2輌。モビルスーツはなしだ」
 市街北側から侵入してきたジオン軍は、自ら罠に足を踏み入れようとしていた。
「オーケー。そのままだ、いいぞ、もうちょっとだ」
 辺りを警戒しながら進むジオン兵は、すぐそこに彼らを殺そうと連邦兵が潜んでいるとは思わなかった。
「クルツ、少し黙ってられないのか」
「あいつらは結局俺たちのことを駒としか――」
 クルツ伍長の言葉は、爆音によって掻き消された。
 突如、先頭のマゼラ・アタックが下から突き上げられたような爆発を受け、擱座した。それと辺りから銃撃が始まったのは同時である。
 ジオン兵は慌てて遮蔽物を求め逃げ惑う。彼らはキリングフィールドに飛び込んだのだ。
「糞ったれ、囲まれてるぞ」
「撃て、応戦しろ!」 
 APCに対戦車ロケット弾が命中する。炎上。乗員が火だるまになって飛び出してくる。聞き取れない、人間の声とは思えない声を上げながら、ごろごろとそこらじゅうを転げまわり、事切れた。
「前方のビル内から撃たれたぞ!」
 マゼラアタックの175mm砲が対戦車ロケット弾が放たれた方へ旋回し、発射する。派手な音を立ててビルの破片が飛び散る。はたして効果があったのかどうかは分からなかった。
 四方八方から撃たれ、身を隠す遮蔽物すらない。APCを遮蔽物としていたジオン兵はAPCごとロケット弾で吹き飛ばされた。
「反撃だ! 反撃しろ! 逃げるな! 戦え!」怒鳴り声を上げながら拳銃を片手に掲げ、ときおり味方に向けて撃っていた指揮官は頭に銃弾を受けた。その銃弾は前か後ろどちらから飛んできたのかわからなかった。
 手榴弾を投げようと体を出した瞬間銃撃を受け、ピンの抜かれた手榴弾を手から落とした兵は、彼の分隊ごと吹き飛んだ。
「衛生兵! 来てくれぇ!」
「四方八方から撃ってきやがる! モビルスーツは何してやがる!」
「畜生! 畜生!」
 とたんに、辺り一帯は罵り声や絶叫、悲鳴といった声が混ざり合い、さらにそれを掻き消すように銃声と爆発音が轟いた。
 クルツ伍長は喚きながら手にした突撃銃を連射していた。そうでもしていないと気が狂うというように。彼は頭上から何か降ってきたのに気がついた。もっとも、その何かが分かることは無かったが。その何かとは手榴弾だったが、クルツ伍長がそれと分かるはずも無かった。

 

 市街北側から進入したジオン軍は既に壊走する寸前だった。
「北側は何とかここで食い止められそうです」
『そうか、それなら結構だ。増援到着まであともう少しのはずだ。もう一踏ん張りしてくれ』
「了解しました」
 通信機を通信兵に返した時、ダドリー中尉は何か音がするのに気がついた。いや、音ならそこらじゅうでしている。銃声や爆音、それに――なんとも奇妙な、様々な声が混ざりあった音。それとは根本的に異なった――もっと、重々しい、芯に響くような、地面が揺れる音だ。
「モビルスーツだ! モビルスーツ進入!」
 顔中を埃と硝煙まみれにした兵が転がるように廃ビルの一室に飛び込み、そう言った。
「ザクが3機――」
 轟音。掃射された120mmがそこらじゅうに着弾している。
「モビルスーツだ! モビルスーツ警報!」
 ダドリーは手元の通信機に怒鳴りつけた。

「目標、先頭のザク! 連続、各個に撃て!」
 "リジーナ"を構えた射手の頭をコツンと叩く。発射の合図だ。同じようにして、廃ビルの一室から何発もの対モビルスーツ重誘導弾が放たれる。ザクは思うような回避運動は取れず、そのほとんどが命中した。
「糞ったれ」
 爆炎がはれる。ザクは健在だった。命中した個所にはへこんだり、装甲を吹き飛ばし内部の電子機器が露出している部分が多数見つけられたが、致命傷ではない。ザクがお返しだと言わんばかりにマシンガンを構えるのを見た。
「退避――」
 マシンガンの方が早かった。'リジーナ'が放たれた廃ビルへ掃射された120mm弾はまたたくまに廃ビルを解体し、それをただのコンクリートの塊にしてしまった。もちろん、その中に身を潜めていた対モビルスーツ特技兵分隊は全員が不本意ながらそのビルと運命を共にすることになった。
「畜生め、救援はまだなのかよ!」
 正面から歩兵とモビルスーツが撃ち合えば、勝敗は目に見えていた。いかんせん、火力と装甲が違い過ぎるのだ。ザクのマシンガンが掃射されれば遮蔽物など何の意味も持たず、その裏に身を潜めていた連邦兵をただの肉塊にした。たまらずに飛び出せばたちまち蜂の巣になった。
 モビルスーツの出現によって、主導権は完全に入れ替わる形になった。後退は――できないだろう。ダドリーは通信機を手に取り、静かに言う。
「あー、すまんな、諸君。すまんが死守だ。勇ましく戦って死んでくれ。以上」
『どうせそんなこったろうと思ってましたぜ』
『ミューラー分隊、了解しました』
 次々と明朗な声で『了解』と声が返ってきた。その声は死を目前としてなんの恐怖も感じていないようだった。それがたとえ上官に対する演技でも、ダドリーには心強く、何よりうれしかった。
「我が隊はここで出来る限り時間を稼ぎます」
『敵の撃退は?』
「無理でしょうな。ザク3機を一個小隊で相手出来るとは思えません。後退もできるとは思えません」
『そうか、すまんな』
「謝らないで下さい。それでは、御武運を」
『ああ、天国で会おう』
 ダドリー中尉からの通信が途切れ、沈黙した通信機をまじまじと眺める。
「何人もの部下を殺した俺が、天国に行けるはずはなかったな」
 市街中心部に身を潜めた本部では、ウォーレン大尉が一人呟いていた。

 

「糞いまいましい一つ目の化け物め!」
「誰か弾をくれ! こっちはもう弾切れだ!」
「このままじゃ全滅だぞ!」
 立ち上る黒煙と埃の中から、突如連邦軍の高機動車両'ラコタ'が飛び出し、真っすぐザクの方へと吹っ飛ぶように向かっていく。
「アレン、そっちの眺めはどうだい?」
「ああ、最高だね。いろいろと見たくないもんが目に入る。しっかしレナード、お前さん頭のネジが緩んでんじゃねぇか? なんでこんなカミカゼまがいを――」
「ザクをどうにかしないとどうせ全滅するんだ。で、ザクをどうにかするには"リジーナ"を至近距離からケツにブチ込むのが一番だろ?」
「やっぱりネジが緩んでやがるよ。お前」
「まぁまぁ、覚悟決めろよ兄弟。ザクのところまでは俺が連れてってやるからよ――しっかりつかまってろよ!」
 運転席のレナードはアクセルを目一杯踏み込み、ラコタの車体を左右に振り、巧みに攻撃を避ける。
 ザクマシンガンから放たれた120mm弾が至近距離で炸裂し、車体上部から顔を覗かせたアレンの顔を爆風が撫ぜる。
「日に二度もマシンガンに狙われるなんて最悪の日だ!」
「それでまだ死んで無いんだから幸運だろ! 股の間を抜けるぞ――攻撃用意!」
 吹っ飛ぶように走る"ラコタ"はトップスピードのまま一機のザクの股の下をくぐり、一瞬だけスピードを落とした。アレンは車体上部から半身を出し、"リジーナ"を構える。
「ぶち込んでやるぜ糞野郎!」
 'リジーナ'から放たれた重誘導弾は狙い通りザクの右膝部に直撃した。裏側には装甲は無く、関節部がむき出しになっている。そこに'リジーナ'の重誘導弾が直撃したのだ。関節部は爆砕され、それより下はなんとか腿部から延びた動力パイプで脱落を防いでいるにすぎない。
 グラリとザクがよろめき、大音響を上げて地面に倒れる。
「イヤッホー! やりぃ!」
「見たか糞ジオンめ! さっさとトンズラ――」
 喜んだのもつかの間、今度は280mm弾が至近距離で着弾した。マシンガンの120mmとは比べ物にならない爆風。とたんに"ラコタ"の車体は強風にもてあそばれる木の葉のように吹き飛ばされ、二人の体は地面へと投げ飛ばされた。
「よお兄弟、生きてるかい?」
「生きてるが、動けねぇ。こりゃじきに死んじまうな」
 二人の眼前にはザクの巨体があり、こちらに向けられた一つ目が遥か高みにあった。でけぇな――すでに思考は白濁し、本来感じるであろう恐怖をアレンは感じず、ぼんやりとそう思った。
「無茶だと思ってやってみても、意外とうまくいくもんだろ?」
「いってねーよ。半分だけじゃねぇか。死ぬ前ぐらい静かにできねーのかよお前は」
「死んだら口聞けねぇからな。今のうちに喋っとかないと損だろ?」
 ザクがマシンガンを構える。ああ、いよいよだな――アレンはそう思い、目を閉じた。
 爆音――そして、衝撃。
 恐る恐る目を開けたアレンに飛び込んできた光景は、黒煙を上げて倒れるザクと、地面に轟音と共に降り立つ3機のモビルスーツだった――頭部は、糞ったれ一つ目ではなくバイザータイプ。
 まぎれも無く連邦のモビルスーツ、ジムの堂々たる姿だった。
「救援隊だ!」
 隣で転がっていたレナードが思わず歓声を上げる。
「騎兵隊の到着よ!」
 ジムの一機が外部スピーカーを通して叫ぶ。それに応えるように連邦兵の歓声とジオン兵の罵り声があがった。
 アレンが頭上を見上げると低空で2機のガンペリーがフライパスしていくところが見えた。
「……随分趣味が悪い」
 アレンは一機のジムの左肩に戦乙女のエンブレムが着いているのを見て、思わずそうつぶやいた。
 地に降り立った3機のジムは、すぐさま狼狽するザクとジオン軍部隊に向けて攻撃を開始した。
 左腕でビームサーベルを膝から抜き放ち、あっさりと一機のザクの懐に飛び込み、斬撃。ザクは何もできずに崩れ落ちた。

 

 3機のジムの到着によって再び形勢は逆転し、市街北部から侵入したジオン軍は退却していった。
「ずいぶん無茶するのね」
 膝をつき、姿勢を低くしたジムのコックピットが開きパイロットが顔を出していた。
「救援隊とやらが遅くてね」
「あら、ごめんなさい。これでも飛ばしてきたんだけど」
 ジムのパイロットが地面に降り、アレンに向かって腕を突き出す。ジムのパイロットは女性だった。アレンはさっきの連邦兵を沸き立たせた声がやけに高かったのを思い出し、さらにパイロットの頭の高さが自分の肩の高さぐらいの事に気がついた。ボディラインはパイロットスーツ越しでも丸みを帯びているのが分かる。マジに女だ。間違いない。
 アレンの中でのモビルスーツパイロットのイメージから、マッチョなナイスガイか渋い白髪まじりのオッサンがてっきり出てくると思っていたのだ。女のパイロットもいるとか聞いていたが、どうせ宣伝だろうと思っていたアレンである。彼はすっかり面食らってしまった。
「……ちょっと?」
「――ああ、すまん」
 怪訝そうにパイロットが尋ねた。固まっていたアレンは慌ててその手をとり、握り合う。その手は柔らかく、丸みを帯びた手だった。
「ルース・マクレナン中尉よ」
「お、おう。アレン・フォスターだ。階級は軍曹」
 ニッとルースが破顔する。対するアレンは神妙な顔。その顔のまま、不審そうに聞いた。
「ところで、三機だけか? 俺はてっきり一個大隊でも来ると思ってたんだが」
「ああ――私たちは先遣隊というか……」
「先遣隊? 本隊はいつくるんだよ」
「それは私もわからないわ。私だってろくな説明も無しにいきなりジムに詰め込まれてジムごとガンペリーに詰め込まれて来たんだから」
「糞ったれ、何が騎兵隊だよ。デカイ棺桶と道連れが増えただけじゃないか」
 随分な言いようだとルースは思った。何か反論してやろうと彼女は思ったその時、ジムのコックピットでコール音がけたたましく鳴り出した。
 ルースが慌ててコックピットに戻ると、通信の相手は本部中隊のウォーレン大尉だと名乗り、彼女も名乗った。
『君たちか、救援隊というのは』
「そうです――もっとも、先遣隊ですが。本隊はいつになるか分かりません」
 ルースは、アレンとの会話の経験を活かして先に言うことにした。
『……そうか、早速ですまんが東部から敵の大部隊が侵入したらしい。援護に向かってくれ』
「分かりました。ですが、一つ条件があります。私たちの足元を守る歩兵隊を貸していただきたいのですが」
『一個分隊程度ならかまわないが』
「十分です。感謝します」
『これぐらいしかしてやれん。健闘を祈る』
 通信が途切れた。
「通信は聞いてたわよね、ジェフ、カール、直ちに東部へ向かうわよ――アレン軍曹! どこにいくつもり?」
「どこにって……とりあえず一服でもしようかと」
 再びルースが地面に降りてきた。忙しいやつだなとアレンは思い、なんだかとても嫌な予感がするのに気付いた。
「それはもうちょっと待ってもらうわ。我々は足元を守ってくれる優秀で勇敢な歩兵隊を必要としているの――ザクにラコタでカミカゼまがいをするような、ね」
「何が言いたいんで?」
「私達についてらっしゃい。一応忠告しておくと、私に貸しを作ったままだと恐ろしいことになるわ」
 アレンは大きくため息をついた。今日は彼にとって厄日らしい。
「……貸し?」
「さっきあなたの命を助けたじゃない。ついでに言うと、それについてありがとうの一言も無いの?」
 もう忘れたのかと言わんばかりに、ルースが言う。事実、アレンは半ば忘れかけていた。この自称騎兵隊の到着はまったくショックだったからだ。助かったと思ったら、まだまだこの糞のような街にいなきゃならんとは――。
「オーケーオーケー。わかったよ。俺の分隊でついてってやるよ。お前に貸しを作ったまま、というのはなんだか、よくは分からんが気に入らない」
「で、ありがとうは?」
「……ありがとう女神様。愛してるよ糞ったれ――これでいいか?」
「よろしい」
 ルースは笑みを浮かべ満足そうに頷いた。それとは対照的にアレンは疲れた顔でまた大きなため息をついた。
 ルースの前に分隊を集めて整列させるのに大した時間はかからなかった。
「……アレン軍曹? 私は分隊全員を呼んで来いと言ったはずだけど。ファイアチームじゃないわよ」
「お言葉ですが中尉、これで我が分隊の全員です。先に言っておきますと少尉も曹長は戦死しているので俺が指揮官です」
 アレンの言葉を聞き、ルースは言葉も無いようでやれやれといった風に頭を振り、ジムのコックピットに戻っていった。
 レナードを筆頭とした分隊員の抗議の目線がアレンに突き刺さる。レナードが口を開く。いつもの口調ではない、重々しい、裁判官のような口ぶりである。
「説明、してもらおうか。アレン軍曹」

 


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