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 船団がよろめきながらア・バオア・クーに到着したのは12月30日になっての事だった。要塞は無数の艦船がひしめき、正に公国の総力が配備されていた。既に希望的観測は打ち砕かれ、連邦軍の来寇は確実と考えられたので、要塞内では慌しく防衛体制が整えられていた。503中隊は直ぐに要塞守備隊へと編入され、<チャップ>で行えなかった本格的な整備と補給が行われた。
 公国軍の総力を集めたア・バオア・クーだったが、連邦軍はア・バオア・クーを無視してサイド3本国を狙う飛び石作戦が星一号作戦の作戦計画だった――しかし、その計画は変更を余儀なくされる。30日2105時。ソーラ・レイ――コロニーを改装した巨大レーザー砲はゲル・ドルバ照準で放たれた。それによって連邦軍遠征艦隊最高指揮官であるレビル将軍、そして彼と和平交渉を行おうとしていたジオン公国公王であるデギン・ソド・ザビは光の渦に呑み込まれて死亡した――連邦宇宙艦隊の三分の一と共に。
 日付は31日に変わり、レビル将軍を失った連邦軍遠征艦隊は協議の結果、ソーラ・レイの再使用対策と迅速かつ決定的な戦果の獲得等の条件を鑑み、計画が修正された。攻略目標をア・バオア・クーに変更、作戦開始時間を大幅に繰り上げる形で星一号作戦の強行を決定した。
 503中隊は予備戦力として扱われた。そのためルークらパイロットには短い時間だが休息が言い渡され、出撃に備えるようにと言い渡されたのだった。
 ルークは割り当てられたベッドに潜り込んだが、目が冴えてしまってなかなか寝付けずにいた。やがて寝ることを諦めた彼は、ベッドを抜け出した。
 抜け出したは良いが、特に目的があった訳ではなかったので、彼はしばしどうするか悩んでいた。
「ルーク! 何をしている?」
 急に声を掛けられた彼は傍目から見て面白いほど驚いた――声の主はサエカだった。余りの驚きように思わず彼女は笑った。
「フッフ……面白いやつだな。さて二等兵、改めて聞くが何をしているんだ?」
「いえ、ちょっと眠れなくて」
「休息は取れるときに取っておく。パイロットの鉄則だ」
「ま、確かにそうなんですが……。ところで大尉は何を?」
「私も君と同じだ」
「……と、おっしゃいますと」
「私も眠れなくてな。酒でも呑もうかと思ったが相手がいないんでは面白くないと思ってな――散歩していたところだ」
「はぁ……」
「さて、それでは行こうかルーク君」
「え、な、どこにですか?」
「肴は見つかったからな――酒が飲める場所へだ。バーもクラブももう閉まっているだろうからな。私の部屋しかあるまい」
「んな、ちょ、だいだい僕はまだ未成年――」
「眠れない時は酒を呑むのが一番だぞ――!」
 半ば引きずられる形でルークは彼女の自室まで連行された。クリスマスパーティの時の彼女の不埒な振る舞いを思い出した彼は落ち着かないどころの騒ぎではない。
 妙にご機嫌な彼女は口に笑いを含みながら「一本くすねておいたんだ」とスコッチをどこからか取り出した。
「本物のスコッチだぞ。感謝しろよ」
 そんな事を言いながら彼女は二つのグラスにジョニー・ウォーカーを注ぎ入れ、一つをルークに手渡す。
「なにを突っ立ってるんだ? まぁ座れ」
 座れと言われてもこの部屋に椅子は一つしかない。ベッドか? ベッドに座れと言うのか? いやいや、それはまずいだろう。いくらなんでも――彼の心臓は破裂寸前だった。
 あっさりと彼女がベッドに腰掛けたので、ほっと胸を撫で下ろしたルークは椅子に座る事にした。彼女はすでにグラスを傾けていたので、彼もピートの独特の香りに複雑な表情をしながらも、琥珀色の液体を一口口に含んだ。
「どうだ? そこらの合成酒とは訳が違うだろう?」
 味? 味が分かると言うのだろうか、この状況で! ルークはそう言いたかったが、勿論そんな事を言えるはずが無い。
「フッフ……あーそのなんだ、取って食うわけじゃないぞ。そう緊張されると――駄目だ、笑いが止まらん」
 ルークの下心入りの不安は、いとも簡単に否定された。サエカはベッドの上でけたけたと笑っている。そう言われて彼は安心したが、同時に少し落胆した。男の性である。
「僕だって男ですよ……ハッキリ言って、大尉、非常識ですよ」
「おお、怖い怖い」
「それに、ここで手を出したらユリウス中尉――いや、少佐に取り殺されますよ……それに、エーリカにも」
「まったくだな。私も天国で何言われるか分かったもんじゃないからな」
 エーリカの名が思わず口から出てしまい、彼は内心しまったと思ったが、彼女はどうやら気にしてはいないらしい。彼女は二杯目をグラスに注いでいく。
「戻れば恋人が待っているのか? その、エーリカちゃんが」
 ああ、やっぱり。
「まぁ、ええ、一応、ハイ……」
 返答がしどろもどろなのはどうしようもなかった。その姿に彼女は苦笑したあと、淋しげに呟いた。
「……そうか、待っている人がいる、帰れる場所があるというのは、良いことだ」
 いつからか、彼女の顔からは笑みが消えていた。美しい黒い瞳は潤んでいた――アルコールの所為だろうと彼は思った。思うことにした。「大尉には?」と聞き返すことは出来なかった。
『我が忠勇なるジオン軍兵士達よ――』
 部屋の沈黙を断ち切ってギレン総帥の声が鳴り響いた。二人はグラスを傾けるだけで黙って聞いていた。シーク・ジオンで出陣演説は締めくくられた。
「カス、ね――私達に出番が回ってこなければ良いんだがな。学徒兵まで、君のような未青年の、年端のいかぬ少年まで予備とは言え戦力に数えるとは、まったく我らの公国もヤキが回ったものだ――」
 ルークはただ黙って聞くしかなかった。気付けばグラスが空になっていた。余り酒に強い体質ではないが、酔いを感じないのが自分で不思議だった。
「この辺でお開きにしとこうか。二時間は眠れるだろう。おやすみ、ルーク」
「ええ、おやすみなさい。サエカ大尉」
「おやすみのキスはいるか?」
「エーリカに怒られるので」
 そう笑って言った。彼女も笑った。どこか淋しげな笑いだ、いつもの中隊長の姿ではないと彼はぼんやり思った。戻ったルークは自分のベッドに潜り込み、夢も見ずに眠った。

 

 0500時、連邦軍は残存艦隊の再編成を終了――決戦の幕は切って落とされようとしていた。
 503中隊に出撃の命令が下ったのはそれからおよそ6時間後の事である。
 序盤こそ公国軍優勢で進んだ戦闘だったが、ギレン総帥の「戦死」により、指揮系統が混乱。その隙に乗じた連邦軍の猛攻によりドロス級大型空母「ドロス」および同「ドロワ」が撃沈――形勢は逆転した。
 自分達が出て行っても形勢は変わらないだろうという事は、中隊の面々には言われなくとも充分分かっていた。混乱した指揮系統は彼らを適切な時間に投入できなかったのだ。彼らは堰を切られた濁流の中に投げ込まれようとしていた――連邦軍という名の、戦争という名の濁流に。
 サエカ大尉は出撃前に短く訓示を行った「命を無駄にすることは私が許さん」と。彼女の姿はいつもの中隊長の姿で、どこまでも凛々しかった。昨夜の彼女の姿は、一夜の夢の姿なのだ。
 ルークは愛機に乗り込む。彼のゲルググはサエカがスコッチと一緒にくすねてきたブツ――ビームキャノン・パックを背負っていた。それ以外は通常の量産型と変わらず、純粋のC型とは呼べなかったが。彼女曰く「余っていたから持って来た」らしい。大尉にもなると色々無理が利くんだなぁと彼はしみじみ思った。
 既に肩のレッドラインは装甲板が交換されたために消えていた。代わりにキル・マークが一つ描かれた。
『ハッチ開けー! 総員、帽振れー!』
 その場にいた全員が脱帽し、帽子や手を大きく振って彼らを見送った。ルークもゲルググの手を振り返す。モビルスーツごとエアロックを移動し、モビルスーツ発進デッキへ。発進デッキは与圧されておらず、一枚のハッチが戦場とを隔てている。誰も見送るものはいない――その光景はどこまでも殺風景である。
 ハッチが開く――星が瞬くように火球が生まれ、消えていく。命の最後の輝きで盛大に飾り付けされた戦場がそこにはあった。
『よし、それでは諸君、行こうか』
 彼女の高機動型に続き、彼らはハッチを蹴って次々とその身を戦場に晒した。連邦軍はもう要塞のすぐそこまで迫っていた。
 集合し、編隊を組む暇も無く中隊は戦闘へと突入した。

『106中隊へ、30大隊のラインが危ない。火消しを頼む』
『馬鹿野郎、この中隊はもう俺しかいねぇよ! それよりも後退許可だ!』
『畜生、後から後から! 誰か弾だ、弾をくれ!』
『火が、ああ母さん、母さん、まだ――』
『こっちはもうもたないぞ! くそったれ、頭数が違いすぎる』
『ハンス――後ろだ! ブレイクしろ!』
『我、残弾無し! 我、残弾無し――』
 公国軍将兵は連邦軍の物量に圧され、連携を断たれ、孤独にドッグ・ファイトを挑んでいった――それがたとえ2対1でも、3対1でも。そして503中隊もその例外ではなく、ルークもまた例外ではなかった。
 彼はすぐさま2機のジムに追いたてられた。しかし、以前ほどの恐怖は無い。
 キャノン・パックを背負ったゲルググは以前よりも扱いやすい機体となった。通常のゲルググはモビルスーツとしては珍しく、ランドセル、つまりは背部スラスターがなく、腰部と脚部のスラスターがメインのスラスターとなり、練度の低い者には操縦が難しかった。中距離での直接支援と、ビームライフルの開発と生産の遅延を補うため、水陸両用モビルスーツのメガ粒子砲デバイスを組み込み開発されたキャノン・パックは、文字通りビームキャノンの発射デバイスである。ビームキャノンに出力を取られ、全体で見れば推力は下がったが、それ以上に背部にスラスターが増加されたことにより、格段に取り回しが良くなることの方がパイロット――特に学徒兵らにはありがたかった。もっとも、生産数に比べ実戦投入されたキャノン・パックは数少ないが。
 そして何より、ルークにとって射程が長く、弾速も速いビームキャノンは最適な火器だった。威力はビームライフルとそう大して違いはないが、それでも直撃すればモビルスーツを一撃で撃破するのに充分な威力があった。
 右から、左へ切り返すように見せて、機体を強引に敵機と正対させる。歯を食いしばり、体を揺さぶる横Gに耐える。MMP−80をバーストショットで放ち牽制。敵機の機動をある程度制限し、ビームキャノンを放つ――直撃とまではいかず、手にしたビームスプレーガンを右腕ごともぎ取ったに過ぎなかったが、当面のルークには少なくともそれで充分だった。後退してくれればそれでいい。
 警戒音――上方から逆落としに、先ほどのジムの僚機が接近してくる。避け切れぬと判断した彼は大形のシールドを構え、マシンガンを牽制に放つ。ビームキャノンは素晴らしい火器だったが、連続使用が制限されるのが弱点だった。敵機は襲い来る高速弾を何の意も介さぬとばかりに接近――スプレーガンを投げ捨て、ビームサーベルを抜き放つのが見えた。
「下がったら――!」
 彼は後退するのではなく、逆に前進――敵機がサーベルを振りかぶる瞬間を見計らってフルブースト。シールドごと敵に突進した。崩れた体勢から敵機の放った斬撃は、シールドの先端を切り落としただけだった。
 敵機に押し付けたシールドの脇からMMPを構えようとするが、敵機もさせじとその腕を押さえつける。サーベルを持った右の手首が回転し、ゲルググへと突き出すように構える――彼は敵機を蹴りで突き放ち、後退しながら90mmを連射する。だが、それも回避された――ジムは後退していったのだ。唯一の火器を失った状態ではキャノンを背負った機体と戦うのは不利と判断したのだろう。
 なんとか2機の敵機を退けたが、彼に胸を撫で下ろす時間は与えられなかった。すぐさま新手が現れ、新たなドッグファイトに突入する。彼は混沌の極みと化した戦場で未だ生き残っていた。状況がどうなっているのか、中隊は、友軍はどうなっているのか彼には分からない。分からないが、極限の戦場で彼の集中力は極限まで研ぎ澄まされ、自分に向かってくる敵機の機動が不思議と分かった。そしてそれによって彼は全身に細かい損傷こそあるものの、未だ四肢を失わず戦場に留まっていた。
 ジム1機と、ボールが1機。セオリー通り、ヒトガタが前に、マルガタは後ろに。加速したジムはビームスプレーガンを放ちながら接近してくる。
 モビルスーツ戦闘で連邦軍が優位に立った理由は、他でもないビーム兵器の標準装備である。公国軍でビーム兵器をドライブ出来る量産機はゲルググのみであり、その数は少なかった。そしてそのゲルググさえもビームライフルの配備の遅れで従来の実弾火器を装備して出撃した機が多かった。連邦軍はほぼ全機に簡易型とはいえ、ビーム兵器であるビームスプレーガンが配備されていた。そしてその威力は直撃すれば一撃で撃墜、運が良くて中破という威力を持っていた。射程こそ短いもののその分連射が利き、近距離戦ではかなりの威力を発揮し、公国軍のモビルスーツと一対一でも互角以上に戦った。
 ルークはビームガンの火線を避け、放たれる180mmをなんとか回避していくが、正対した状況では満足に後退はできない。マシンガンとビームキャノンを放つが、ジムは果敢に距離を詰めてくる。
 敵機が一気に距離を詰めようと、シールドを全面に押し出す。動きが直線的になった瞬間、彼はフットペダルを思い切り踏み込んだ。加速Gに体がシートに押し付けられる。体当たりではない――この速度で2機が正面からぶつかり合えば、両方ともただではすまない。狙いはその後方――ボールへと彼はスラスターを全開にして突進した。
 ジムの股下を抜け、一気に距離を詰める。ボールの挙動には焦りが浮かび、必死に側面の姿勢制御用に過ぎないバーニアで吹かし、頭頂部の180mmを連射する。その姿に彼は「彼」の姿――彼が殺したジョン・ドウの姿を思い出したが、すぐにそれは頭の片隅に追いやられた。
 丸いシルエットがサイトの中で膨れ上がっていく。ロック・オン、HUDにファイア・サインが点灯――すでに彼の指は引き金となっていた――肩から真っ直ぐに伸びたメガ粒子の矢は、ボールの中心を刺し貫いた。
 ボールに最後の一瞥をくれ、その最後を見届ける。後方警戒音が鳴る前に機体をジムへと正対させる。機体を左に流しながらマシンガンを構えるが、90mmを放つ前に手にしたMMP−80はビームガンの直撃によってもぎ取られてしまった。
「くそっ!」
 右腕が無事だったのは幸いだった。戦闘距離は既にイン・レンジ――ビームキャノンがいくら高威力でも、この距離ではビームガンの手数に押し切られてしまう。故に彼は前進――距離はクロス・レンジへ。ビームナギナタを背から抜刀、ツインエミッタ方式の両刃のサーベルを発生させる。
 ビームキャノンを――ジェネレーターが連続使用に悲鳴を上げるが、意に介さずに発射する。この距離でも敵機は正確な機体の運びで回避する――その機動の先へ機体を飛び込ませ、ナギナタを振るう。しかし、切っ先はジムの胸部装甲を掠めただけに過ぎず、ジムは――この距離で初めて後期生産型ということに彼は気付いた――バックステップ、頭部の2門のバルカン砲を放つ。この距離だ、回避する術は無い。全身で60mmを浴びるが、それを無視してさらに距離を詰めるべく機を前進させた――敵機は後退したとばかり思っていたが、それが間違い――致命的な間違いだったことに彼は気付いた。
 ジムは今まさに抜き放ったビームサーベルを振りかぶっていたところだった――。
 感じなかった、いや、感じていたが無視していた恐怖が蘇ってきた。彼にはもうどうすることも出来なかった。ロービジリティの死神が振り下ろす鎌を止める術はもう何も無かったのだ。死を覚悟して、彼はただ申し訳ないなと思った。
 しかし、ビームサーベルは彼に突き立てられなかった。横合いからの一撃によってジムは吹き飛ばされたからだ。ジムの破片が次々とゲルググに降り注ぐが、ビームサーベルよりは余程マシだと彼は思った。
『ルーク! 無事か、まだ生きてたか、ルーク!』
「大尉こそ!」
 ルークは通信機から流れるサエカの声を、随分久しく聞いていなかったような気がした。彼女の高機動型はまさに満身創痍だった。四肢こそあるものの、至る所に弾痕があり、溶解したような傷跡はビーム兵器によるものだろうか。
 大きく息を吐く。度重なる戦闘機動で息が切れていた。絶え間なく流れる汗を拭おうと手を額に当て、自分がヘルメットをつけている事に気がついた。
「ありがとうございます、大尉。中隊は、503中隊はどうなりました?」
『……壊滅だ。まったく、最後まで言うことを聞かん奴らだ。残っているのは、私と君だけだよ。少し前までは私だけだと思っていたがな』
 ルークはその答えは半ば予期していたが、いざ中隊長から直接聞かされるとやはり辛いものがあった。
『戦争はどうやら私達の負けらしいぞ。一部の部隊が戦場を離脱し始めている』
「そんな、どこに? サイド3、それともグラナダに?」
『わからん、Eフィールドだ。ここで死ぬのはつまらん、あまりにつまらんとは思わんか。私達もそちらへ合流しよう』
「同感です。行きましょう」
『まったく、簡単に言うな。彼らはそう簡単に通してくれそうに無いぞ』
 ゆっくり会話している暇は無かった。新たに3機のジムが一直線にこちらに向かってくる。すぐさまルークは照準をつけ、ビームキャノンを放つ。彼らはそれを散開してどうということもなく回避したが、14B――高機動パックを装備したゲルググの機動力を彼らはまったく考慮してなかった。ましてそれが命取りになるなど思いもしなかっただろう。
『スコア稼ぎか! 動きがぬるいぞ!』
 たとえ満身創痍であっても、彼女の駆る高機動型ゲルググは連邦軍将兵にとって充分な脅威だった。瞬く間に懐に飛び込んだ彼女は両刃の刃を二度振るい、2機のジムが数瞬の内に両断された。
 最後の1機は恐慌状態に陥り、足を止め、ただひたすらビームガンを連射するという、空間戦闘で最もとるべきではない行動をとった。ルークは彼に慈悲深い一撃を与えた。
 今や2機に減っていたが、彼ら503中隊はNフィールドの端に配備されていたので、Eフィールドまではそう遠い距離ではない。しかし敵機は次から次へと現れた。時には戦闘し、退けるか撃墜し、時には無視して先を急いだが、なかなか距離は稼げない。
 彼女は鬼神の如く戦った。彗星のような機動で攻撃を避け、すれ違いざま、最小限の一撃で次々と敵機を葬っていく。その機動は途切れることなく、その軌跡は辿られることなく。
 また新たなジム――ここはジムの見本市だとルークが思うほどに彼らの主力モビルスーツのバリエーションは豊富だった――このタイプはスナイパー、またはSPタイプと呼ばれる型だった筈だと彼は思いだした。そして、このタイプのジムがいかに手強いかも。
 2色のブルーグレーに塗り分けられた低視認塗装の施された3機のジム・スナイパーUは統制の取れた機動で彼らへと襲いかかった。
 ビーム・キャノンを照準――その前に最後尾に位置する敵機がメガ粒子ビームを放つ――得物はビームスプレーガンではなく、ビームライフル――。前衛の2機は最大加速で距離を詰めてきている。
「くそっ!」
『離れすぎるなよ、やられるぞ!』
 この距離から正確な狙撃――SP型というのは伊達じゃないということか。歯噛みしながらルークは機を必死に操って射弾を回避するが、敵機の狙いは明らかに2機を分断することにあるらしい。なんとかサエカ機との距離を開けまいとするが、さらに前衛2機の射撃も加わりはじめ、それは益々難しくなる。ビームキャノンを放つがことごとく回避され、機動を妨げる事すら出来なかった。
 敵小隊は自分をバックアップが牽制して足を止め、前衛2機で手練であるサエカ機を先に倒しにかかるというプランらしい――分かっていながら、どうする事も出来ぬ自分が悔しかった。
 サエカは2機のSPと熾烈なドッグ・ファイトを始めた。敵機も相当な手練らしく、優れたチームワークで彼女を追い込み始める――援護しなければ。ビームキャノンを連射するが、すぐさま足を止めたルークにビームライフルが襲いかかる。シールドが吹き飛ばされ、そしてさらに、戦術パネルに一つの赤い光――最警戒を要す――情報が表示される。
「バックパックジェネレーター強制冷却だって!? そんな!」
 酷使に耐えかねた機体の悲鳴だった。そしてビームキャノンは彼の唯一の火器だった。表示された冷却にかかる時間は300秒――長すぎる。終わるころには、全てが終わっているだろう。
 彼は意を決してビームキャノン・パックを強制排除させた――唯一の火器を失い、シールドも吹き飛ばされた彼は丸裸も同然だった。しかしそれでも、彼は残された唯一の武器、ビームナギナタを握る――。
『――駄目だ、ルーク。お前が来ても私の邪魔に、彼らのカモになるだけだ』
「そんな!」
『ここは私に任せろ――。お前一人で行くんだ、出来るな?』
「できませんよ、そんなこと!」
 手にしていた火器を全て失い、彼女に唯一残された武器もまたナギナタだけだった。それを振るい、必死に反撃を試みるが2機のジムの連携に徐々に追い込まれていく。
『――ええい、こいつら! 行け、命令だ!』
「ここで隊長を見捨てるぐらいなら――」
 ルークにも次々とビームライフルの光芒が降り注ぎ、彼の意思に反して機体はどんどんと彼女から遠ざかっていく。
『馬鹿を言うな、ルーク! 私は、もう、誰も待っている人はいない。私には戦場の思い出しかないんだ――戦友も、戦場で手に入れた唯一の恋人も、少し前に死んでしまった――あとは私だけさ』
「そんな、そんな……」
 ゲルググは次々と被弾し、その姿はもはや人型をとどめていない。それとは対照的に、あざ笑うかのようにジムは振るわれる斬撃を避け、彼女を追い詰めていく。
『だけど、お前は違うんだろう? 待ってる人が、だから、行け――!』
「……」
『なに、あっちにはユリウスも、ハリソンも、中隊の皆や、お前の知らぬ者たちもいるからな。きっと、退屈しない。お前が来たら、承知しないぞ、ルーク』
 ああ、畜生、なんで誰も彼も――。
「――分かりました、隊長。お元気で、一先ず、お別れです」
『私は最後に良い部下を持てて嬉しかったぞ、さよならだ、ルーク。それでは、またどこかで!』
 そのさよならは、紛れもない別れの言葉だった。再会のあてなぞ含まれない、純粋の別れの言葉。
 通信が一方的に切られた。彼も通信を閉じた。顔は見えなかったが、きっとサエカは笑っていたとルークは思うのだ。ルークは振りかえらなった。ただひたすらに飛んだ。
 確かに彼女は笑っていた。しかしその笑みは普段の彼女の包み込むような笑顔ではなく、修羅のような凄絶な笑みだった。
 3機のジム・スナイパーUの技量と連携は、モビルスーツ小隊としては両軍の中でもトップクラスの物だっただろう――しかし、それでも生存を諦めた彼女に敵う相手ではなかった。
 満身創痍? 鬼気迫る?――命を捨てた彼女は、もはや人鬼そのものだった。人の姿を崩した彼女の機体は、人外の機動で攻撃を避け、唯一残された薙刀を振るい続け、最後のその瞬間まで死神を操り、死と破壊を撒き散らした――その命が尽きる瞬間まで。
 サエカ・シュトラウベは命の最後を振り絞り、その命と引き換えに己の使命――自分の部下を逃がすという使命を果たした。

 

 ルークが一つの異変に気付いたのはそれからすぐの事だった。敵機の数が、余りにも少なすぎるのだ。要塞内部の制圧に向かっているのか、それとも一時的に後退したのか、脱出艦隊の追撃を行っているのか――。
 思考はレーダーに新たに現れた3つの光点によって掻き消された。ジムが、3機。
 先ほどのSPタイプでは無く通常のBタイプだったが、ナギナタしか残されていない彼にとってはボールでさえも脅威だった。
「すみません、大尉。どうやらここまでのようです――」
 振り切れそうには、ない――彼は覚悟を決め、サーベルを握らせ、機に突撃体勢をとらせる。
 しかし、敵機は発砲しなかった。最初は遊んでいるのかと思い、憤ったルークだが、どうやら様子が違う――大きく手を振っている――撃つな、とでも言うように。
 訝しげに思い、彼は通信機のスイッチをいれた。
 通信機は信じられないような言葉を紡ぎだし、彼は愕然とした。
『……国軍の全将兵へ、直ちに戦闘行動を止め、武装を解除し連邦軍の指示に従って下さい。ア・バオア・クーは陥落しました。ギレン総帥、キシリア閣下も戦死なされた今、戦闘の続行に意味はありません――繰り返します。ジオン公国軍全将兵へ――』
『おーい、そこのゲルググ! いきなり斬りかかってくるんじゃねぇぞー! おとなしくして、その物騒なモンを手放してくれ』
『いいか? 戦争は終わったんだぜ兄弟! ラブ&ピース、ラブ&ピースだ!』
 グローバルから流れる言葉の意味を、ルークはよく理解できなかった――戦闘を、止めろ? 戦争は、終わった?
「――それじゃあ、どうなるんだ……一体、一体、みんなは――サエカ大尉は、ユリウス中尉、ハリソンは、なんで、なんのために……」
 ――もう少し早ければ、遅すぎるんだ。馬鹿野郎。
 ルークの悲痛な慟哭の声は、やがてコックピットから拡散し、公国軍、連邦軍の区別なく拡散していった。

 宇宙世紀0080年1月1日15時、地球連邦軍とジオン共和国の間に終戦協定が締結された。
 その報せに歓喜した者、悲哀にくれた者、謝罪する者、悔恨の涙を流す者、安堵した者、放心した者、報せが聞こえず無意味な戦闘に散った者、再起を誓う者――様々な感情の嵐が終わってしまった戦場の至る所で吹き荒れた。

 

 ルークはア・バオア・クーで連邦軍の捕虜になったが、学徒動員の二等兵に聞くことなど特に何も無かったのだろう。一ヵ月後には開放され、彼の故郷、アキレスへと戻る事が出来た。
 彼は故郷へと戻ったその日、両親への連絡もそこそこにしてすぐさまアトリエ――二人の小さなアトリエに向かった。宇宙港からアトリエまでは少し距離があるが、彼はレンタルエレカを使わず徒歩で行くことにした。戦争に行っている間に、どこか風景が変わっているかとも彼は思ったが、歩きながら見た故郷の風景は少しも変わるところは無かった――そう、まるで戦争など元から無かったように。
 ルークはロフトへと続く階段を上る。自然と足は速まり、一段飛ばしで上る格好になってしまうのが自分でも可笑しかった。ドアを開ける――そこには変わらない姿のアトリエと、そして、エーリカの姿があった。
 何度も自分が帰る姿を思い描き、帰ってきたらこう言おう、ああ言おうと思っていたのに――ああ、畜生、いざ帰ってくれば何の言葉も出ない――。
「――おかえりなさい」
 ただ玄関で呆然と立ち尽くすルークの姿に気付いたエーリカは、微笑んでそう言った。
 エーリカの姿は、思い描き、スケッチしていた姿よりも遥かに美しいと彼は思った。
 だから彼は、ただ一言、搾り出すのがやっとだった。
「ただいま――」
 エーリカが駆け寄り、胸に飛び込んでくる。しかし、彼は一つのことを考えていた――何も変わっていないじゃないか、と。彼はそれを喜んだと同時に、一つの疑問を感じた。
 あの戦争は、一体何だったのか。
 一年戦争という人類最大の戦争の後でも、ルークを取り巻く状況は何も変わりはしなかった――彼はエーリカを愛し、エーリカも変わらず彼のことを愛していた。新しい二人の日々はさらに幸せなものになるだろう。戦争など無かったかのような、幸せな、戦争の事など忘れてしまえるような日々が。
 だが、彼自身が変わっていない訳ではなかったのだ。
「本当に、本当に良かった――帰ってきてくれて」
 エーリカを胸の中に抱きながらも、彼は戦場の日々を思い出していた。
 彼は戦場でかけがえの無いものを手にいれた――そしてまた、その全てを戦場で失ったのだった。戦争が彼にもたらしたのは、胸に残された空しさと、圧し掛かる自分だけが生き残ったという事実だけだった。
 戦争は、もはや彼の一部になっていた。いかに短い期間と言えど、一部ではあるが青春を懸け、そして命を懸けて戦ったのだから当然だろう。そして、彼にとっての戦争が唐突に始まったように、終わりもまた突然訪れたため――彼はその変化についていけなかった。
 この幸せが彼らの――503中隊の戦友らや、両軍の名も知らぬ兵士らの犠牲の上に成り立っているのではないか、と彼は思った。
 そして、もしそうならば、一体自分はこの幸せを享受して良いのだろうか――?
「なに、気にすることはない。私達のことなら気にするな、ルーク。ただ、忘れたら許さんからな――」
「――!」
「? どうしたの、ルーク?」
 胸の中の彼女が不思議そうに尋ねる。
 声が――サエカの声が、彼には確かに聞こえたのだ。
 いつかの食堂の時のように彼女は言ってくれたのだ――気にすることはないと。戦争が終わっても、サエカに助けられるとは――彼は思わず苦笑した。
 合成品ではない、本物のスコッチというのはどこで手に入るのだろうか。彼はそんな事を考えながら、エーリカに向き直った。
「いや、なんでもない。ちょっと謝って、ありがとうと言って、さよならと言っただけさ――それより、早速で悪いんだけど――」
「――私の肖像画、でしょう? 良いけど、キス、してからね」
 なに、焦ることは無い――これからは時間に縛られることなく、エーリカを描ききる事が出来るのだ。
 長い長いキスが終わった後、ルークはそれでもすぐに絵筆を取ったのだった。

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