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  絵を描いている時のルークは普段の柔らかな雰囲気を纏った青年ではなく、絵に魅入られた鬼のようだとエーリカは常々思っていたが、今日の彼はことさらそれが顕著だった。
 キャンパスを見つめ、時に私を見つめる彼の茶色の目は真剣さを通りこして、半ば血走った、狂気染みた目の色をしていて、とても水を差せるような雰囲気ではない――だが、そろそろ切り上げなければシャトルの時間に間に合わなくなってしまう、そう彼女は思った。
「ルーク」
「……」
「――ルーク?」
「ああ、ごめん。エーリカ」
 二度目でやっとルークは返事をしたが、彼が顔を上げる事はなかった。
「分かってる。もう少し、もう少しなんだ……」
 彼も時間が迫っている事は充分承知していた。しかし、それでもなおキャンバスに向かった。彼にとって、この肖像画が最後の作品になるかもしれないのだ。
 彼はアキレス美術大学の学生である――いや、数日前まで学生だった。入学二年目にして繰上げ卒業を言い渡されたのだ。ジオン公国の置かれた状況はそれほどに逼迫していた。
 筆の代わりに銃を取る――兵士になるのだ。徴兵年齢の更なる引き下げはつい一月前に決まり、繰上げ卒業が言い渡されたのは二週間前である。卒業制作を行う期間としては――出征前に残された時間としてはあまりにも短かった。
 彼は余りに早く訪れた卒業制作に、肖像画を描く事にした。彼の恋人、エーリカの姿を今持てる力全てでもって描こうとした。悔恨は残したくなかった。何度もデッサンを重ね、描いては消し、消しては描いた。彼女の美しい姿をそのまま残そうと、寝食を忘れて毎日何時間もキャンバスに向かった。彼女も献身的にモデルになり、様々なポーズや表情をとった。
 二人は小さなロフトをアトリエとして以前から借りていた。そこで何日も泊まりこんで製作を進めた。一つしかないベッドで一緒に寝起きし、二人で生活をした。短い、余りにも短い時間だったが、日々の二人の生活は幸福に包まれていた。
 だが、卒業までに完成する事はなかった――そして、二度と完成しない事になるかもしれなかった。
「ルーク……」
「もう準備は出来てるんだ。もうちょっと時間はある筈だよ」
「お別れぐらい、ゆっくりしたいじゃない――」
 もう二度と会えないかもしれないのだし、という言葉を飲み込んで、エーリカは続けた。出来るだけ、明るく聴こえるような声で。
「それに、また帰ってきてから絵を完成させればいいのよ!」
 それでもしばらくルークはキャンバスに顔を向けていたが、やがて大きなため息と共に立ち上がった。
「そうしよう……続きは、完成は帰ってきてからにしよう――ちょっとぐらい未練があった方が、生き残れるだろうしね」
 無論、未練はちょっとどころではなかったが、ルークは無理に微笑んでそう言った。彼の荷物を手に取り、微笑んだエーリカは彼を玄関へと促した。
 ことさらゆっくりと靴を履き、最愛の恋人に正対した彼は、完成しなかった絵の代わりに彼女の姿を焼き付けておこうと思った。彼女の美しい姿を。彼女が居る空間としての一枚の絵を。
 彼女は紛れもなく美人――いや、まだその顔立ちには少女のあどけなさが残り、美少女と言ったほうがいいかもしれない――陶器のように白くなめらかに透き通る肌と、典雅な顔立ちに宝石のようにはめ込まれた淡く、やわらかい蒼色をたたえた瞳、光り輝くようなプラチナブロンドの髪。白い肌に輝く金と蒼が対照的で、どこまでも美しかった。
 そしてまた、彼女と短い期間であっても、青春時代を過ごせたことはこの上ない幸運だと断言できるだろうと彼は思った。
 ルークが彼女の姿を眼に焼き付けようと見つめていたように、エーリカもまた彼の事を見ていた。そうして長い間二人は見つめ合っていた。
 彼女はどことなく花のような儚さがあり、彼はそれをキャンパスに余さず表現しようとした。だが、その望みは叶わず、彼はもう旅立たねばならなかった――戦争の渦中へと飛び込まねばならなかった。もう彼には時間がなかった。絵を描き上げる時間も、見つめ合う時間も。
 やがて、別れの言葉を切り出さねばならない。だがルークも、エーリカも決して言いたくはなかった。世界は時間が止まったように静かだった。だが、実際には時間は動き続け、二人の時間を減らし続けていた。
「……一先ず、お別れ、だね」
「――うん。また、ね」
 彼女の美しい翡翠の瞳には涙がたまっていた。そしてもう、言葉は出ず、微笑みながらただ頷いた。
 彼はエーリカの初めて見せる表情にまた後悔を覚えた――もっと色々な表情を知りたかった。もうこれ以上、顔を見てはいられなかった。ルークは彼女を抱き寄せ、そっと抱きしめた。彼は決め、宣言した。愛する人に、そして自分に向けて。
「必ず帰ってくる。帰ってきて、完成させる。君の――エーリカの絵を」
「うん、いつまでも待ってる。ここで、あなたと私のアトリエで」
 彼女もそう答え、二人はどちらからともなく唇を重ねた。お別れの合図。
「――さようなら」
「うん、さようなら……」
 エーリカは泣かなかった。努めて泣かぬようにしていた。彼女は眼に涙を溜めていたが、泣いてはいなかった。だからルークも歩きだした後、振り向くことはできなかった。
 歩きながら、彼は一つの言葉を思い出していた――さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだと。
「少しだけ、少しの間だけさ」

 

「訓練で流す汗が多いほど、戦場で流す血が減る」
 基礎訓練コロニーに到着したルークのような新兵らがまず奪われたのは自由である。その代わりに与えられたのは地獄のような訓練だった。犬以下の扱いを受け、滝のような汗をかき、血の小便を流す。毎日毎日走り回り、ブーツを磨き、喉が潰れても大声を出す。
 宇宙世紀になっても、軍隊の新兵の訓練方法にそう大した変化は現れなかった。大声と規律、そして制裁。まず初めに基礎訓練が行われ、ルークらはみっちりと軍人とはなんたるか、つまりは敬礼や回れ右といったこと――を叩き込まれた。通常なら三ヶ月はかかる基礎訓練を、二週間に短縮して行ったのだ――いかに逼迫した状況と言えど、一人前の兵士を仕立て上げるのには短すぎる時間である。日々の生活は高密度の訓練漬けとなった。
 彼の体付きにも変化が現れていた。腕立て伏せとハイポートで酷使された彼の筋肉はいくらか多く、そして強くなった。繊細だった絵筆を握る手も、武骨な、骨ばった手に変わっていった。自分の体が見慣れぬものになっていく――違和感に近いようなものを彼は覚えた。
 いくら身体的に変化が訪れようと、ルークの心は19歳の若き絵描きで、そして恋人を愛する青年のままだった。彼がエーリカの事を思い出さない日は無く、そして未完成の肖像画の事もまた、思い出さない日は無かった。彼が心から悔やみ、自分の不注意を呪った事は、恋人の写真を持ってこなかったことである。それでも彼は彼女の姿を思い出してデッサンを重ね、いつかまたキャンパスに向かう日に備えた。勿論の事ながら、休暇なぞ彼らには与えられなかったため、アキレスには一度も戻れなかった。
「愛する祖国を守るために戦え! 若き戦友たちよ!」とラインと星と勲章がたっぷりついた将軍が言い、「糞ったれ新兵ども! そんなんじゃ畜生連邦兵も殺せねぇぞ!」とドリル・サージェントが叫んでも、ルークにはさっぱりピンと来るものがなかった――祖国? 俺が殺したり、殺されたりする? 冗談だろ――。
 彼が基礎訓練を終え、二等兵の階級と共に部隊に配属された頃には12月に入っていた。既に公国軍はオデッサを失い、ジャブロー攻略にも失敗した今、パワーバランスは大きく連邦軍に傾いていた。
 部隊に配属されたと言っても、いきなり実戦に出るわけではない。特に、彼が配属された部隊は、徴兵年齢引き下げによって新設された部隊であり、部隊員のほとんどが彼と同じような学徒兵だった。第503防空中隊。それが彼が配属された部隊だった。彼は乗機を与えられた――適性判断によってパイロットが適正とされたのだ。

 

 漆黒の宇宙に、幾条かの光芒が短く伸びる――モビルスーツから発せられるスラスターの光である。コックピットの中でそれを確認したルークは、フットペダルを中程まで踏み込んで機を加速させる。レーダーに現れた光点は3つ。その内二機がジム、残る一機は、連邦が威信をかけて開発した超高性能機、ガンダムであると戦術パネルが告げていた。
 メインディスプレイ上の対敵距離を表す数字が急激に減少していく――先頭のジムに照準。ロック・オンを示すビープ音。ファイア。
 機の右腕に握られたライフルから閃光が迸り、一筋の光が奔る。哀れな敵機に直撃――ジムはもっとも大きく、そして新たな閃光を生み出した。鳴り物入りで導入された新兵器、ビームライフルは確かに宣伝通りの威力を発揮し、一撃でジムを撃破した。
 敵機を仕留めたことになんの感慨もなく、ただ機械的に次の獲物を狙う。彼らの対応は遅い――敵機の反撃。既にルークは二発目を放っている。彼らも戦闘機動を行い始めるが、そこに連携はなく、ただバラバラに襲い来る死神――ルーク機に及び腰で立ち向かうのみである。連邦軍のビーム兵器、ビームスプレーガンの有効射程は短い。ジムのアウトレンジ。ルークのインレンジ。彼は放たれる射弾をなんなく回避し、さらにライフルを連射する。
 次々と放たれる死の光芒に追い込まれるようにして、もう一機のジムにビームが文字通り突き刺さる。
 ルークはもはやジムには一瞥もくれず、ガンダムのみを見据える。さすが、と言ったところだろうか。先ほどの彼らとは動きが違う。放たれる射弾を的確に回避し、反撃を行ってくる。


 ガンダムの姿を捉えようと、ロックオンサイトが忙しくメインディスプレイを走り回る。ルークはスティックとペダルを小刻みに動かし続け、トリコロール・カラーの軌跡をなぞるように追撃する。
 敵機が振り向く。ルークは機を蹴り出すような急激に機動。ライフルが放たれる。掠めるように回避した彼はフットペダルを目一杯踏み込む。素晴らしい瞬発力で機は加速していく。ガンダムはそのままの姿勢で機体を流しながら射撃を続ける。ギリギリのところで回避しながら、彼は距離を詰めていく。ライフルを放ち、加速は緩めない。射弾を回避したガンダムの軌道の、その先を塞ぐように機を滑らし、抜刀。
 ドンピシャだ――ガンダムの懐に飛び込んだルークはそんなことを思ってほくそ笑んだ。両刃のビームナギナタが逆袈裟の形で振るわれ、純白の装甲を引き裂いていく。いかなルナ・チタニウム合金製の装甲といえど、縮退寸前のミノフスキー粒子による刃を防ぐことなど出来はせず、腹部左から右肩口までがあっさりと両断される。
 ガンダムは、断末魔の閃光をあげて――2:08という数字が現れた。

 最後の一機に手こずり過ぎた――また二分を切る事はできなかったか。今日だけでも既に3回目のプログラムである。ルークが一人歯噛みしていると、ディスプレイの数字が、いや、漆黒の宇宙すらなんの前触れもなく消えうせ、シミュレーター内壁の無機質なグレーが代わりに現れた。
 明度差に目をクラクラとさせながら彼がシミュレーターの外に這い出ると、そこには同じようにシミュレーターから不満げな顔で出てくるハリソンの姿があった。ノーマルスーツのヘルメットを外し、小脇に抱える。
「おう、お疲れさん」
「お疲れ、ハリソンも、今終わったところ?」
「おう。しかし、いくら実機訓練が酷かったって言っても、スティックシミュレーションを追加しなくてもいいのにな」
「確かにこたえるね。それに、そろそろ飽きてきた」
「まったくだ。実機訓練が酷かったなら、実機訓練を増やせば良いじゃねぇか、なぁ」
「僕たちの部隊も台所事情が厳しいってことなんだろう?」
「訓練用の物資すらってことか、嫌だねぇ」
 格納庫の片隅に備え付けられた四台のシミュレーターの隣には、20メートル弱の巨人、彼らの搭乗機である公国期待の最新鋭モビルスーツ、何機かのゲルググが駐機され、ツナギ姿の整備員が群がって作業するのが見えた。
「しかし、酷い色だな、お前のゲルググ。肩の赤色はなんだ? 流血表現か? グロテスクだ」
「ハリソンのとそう対して変わらないだろ、大体、色ならハリソンのがもっと酷い。卑猥な桃色なんて、とてもモビルスーツに塗られる色じゃないね」
 その内の何機かのゲルググには、様々な色彩で彩られ、とても戦術兵器とは、現代美術か何かかと思うほどにカラフルだった。それらは模擬戦時に使用するペイント弾の弾着によるものだ。その中でもっとも色彩豊かな機がルークの搭乗機である――今まで行われた模擬戦の結果だった。整備員も最早再び塗装する気がないのだろう――どうせまた明日になれば綺麗に汚されて帰ってくるのである。
 MS−14Aゲルググは、傑作機MS−06ザクUの真の後継機である。
その基本コンセプトを受け継ぎ、その全てを高い水準に押し上げた機体であり、そして公国軍のモビルスーツとして初めてビームライフルを装備したモビルスーツである。その性能は連邦軍のモビルスーツ、ジムを凌駕し、ガンダムにも匹敵するといわれ、戦局の挽回を充分期待できるものであった。
 そして、彼らが所属する第503防空中隊は10機のゲルググを擁しており、その期待を一心に背負う存在だった。いや、存在となるはずだった。しかし、部隊の実情はお粗末なものだった。パイロットのほとんど――いや、それどころか部隊員のほとんどが学徒動員によって徴兵された若者である。モビルスーツの操縦経験なぞもちろん持ち合わせてはおらず、基礎訓練を終え、ただ適正試験の結果に従って放りこまれただけである。それゆえのここ半月の後方の小惑星基地での速成訓練であるが、それすらも公国全体の物資の不足で滞っている状況であった。

 503中隊に配属されてからの日々は更に目まぐるしいものとなった。まさに血の滲むような訓練が行われた。基礎訓練は座学以外はほとんど無くなったが、さらにモビルスーツ操縦訓練、シミュレータ訓練、空間戦闘訓練、小隊、中隊戦闘訓練エトセトラエトセトラ……といった、より実戦的に発展した訓練が付け加わり、月月火水木金金を地で行く訓練が行われていた。彼らのような学徒兵を一刻も早く鍛え上げ、一人前の兵士にする事が公国には何よりも大切だった。今や決定的に劣勢――いや、敗勢となった公国には。
 ルークはスティックシミュレーションを終えた後、ハリソンと共にシャワールームへ向かい、シャワーを浴びた。シャワーを贅沢に浴びれるのも、練成期間中、宇宙基地に駐留している間だけだと聞かされて、彼らはゆっくりとその贅沢を味わった。熱いシャワーを浴びることが贅沢だとはルークが思いもしなかったことだ。
 やはりハリソンと共にルークは部屋に戻った。ハリソンとは基礎訓練コロニーの時からの付き合いである。基礎訓練でも同じ部屋で過ごし、中隊に配属されてからも同じ部屋だった。ルークは二段ベッドの上段に寝転がり、スケッチブック――彼が持ち出せた唯一の美術用品だった――を手に取った。スケッチブックにはエーリカの姿が何枚も描かれている。肖像画のための習作である。
 パラパラと見ていく内に、ルークは違和感を覚えた。エーリカは、このような顔だっただろうか。基礎訓練の頃は少しでも余力があるときは鉛筆を取ってデッサンを描いていた彼だが、最近は特に訓練が激しくなっていたため、筆を取る事が少なくなってきていた。そして、エーリカの事を思い出すことも。
 スケッチブックを開いたのも随分久しぶりの事のように思えた。やはり、基礎訓練コロニーに居る時に写真をもらっておけば良かったと彼は激しく後悔した。503中隊が訓練拠点として駐留している基地はアキレスから遠く離れ、無秩序にばら撒かれるミノフスキー粒子によって何個もの中継基地を経由する必要があり、そこでさらに軍の検閲が入るために一般回線の郵便メールが届くのに優に二週間はかかる。先週耐えかねてメールを送ったものの、届いたかどうかすらわからなかった。
 消灯時間も、睡魔も迫っていたため、彼は筆を取らず睡魔に身を任せる事にした。

 

 目覚めたルークはその3時間後には機上の人となっていた。最初はこの過密な訓練スケジュールに辟易したものの、部隊への配属から半月ほど経った今となっては慣れつつあった。
 小隊レベルでの連携訓練が今日の訓練プログラムである。しかし、ルークとハリソンの所属する第一小隊には連携と呼べる動きは見当たらなかった。
 想定された戦場は小惑星が無数に漂う宙域であり、身を隠す場所はいくらでもあった。3機のゲルググは辺りを警戒しながら前進するが、そこには互いの死角をカバーするような動きは見られず、一機一機が個々に周囲を警戒するのでその警戒網は穴だらけであった。
『警戒しろ! 同じ方向ばかり見てるとやられるぞ!』
『のわっ――とっ!』
 第一小隊、小隊長であるユリウス・ナハト中尉から叱責の言葉が飛ぶのと、ハリソンの悲鳴が聞こえたのは同時である。彼の間抜けな悲鳴と共に、彼の機にペイント弾が次々と命中していく。ダークグレーとグリーンと、さらにその上から様々な色に塗装された機体に、新たな色――今日はショッキングピンクらしい――が上塗りされていく。仮想敵機――503中隊、中隊長の駆るゲルググからの攻撃である。
『ハリソン機は被弾、炎上、爆発ってとこだな』
 すっかりハリソンのゲルググを桃色に染め上げた中隊長、サエカ・シュトラウベ大尉――から撃墜判定の通信が入る。
「左後ろ上方、30度!」
『散開! 急げ!』
 ユリウスの指示に従って機の間隔を開けたは良いが、ユリウスとルークの操縦技術には開きがあった。ユリウスは機を巧みに操り、無数の小惑星の間を縫うように機動するのに対し、ルークの操縦技術では彼の機動に追いつけない――。
 そのため、彼我の距離は広がっていく。危険なほどに広がっていく。
『二等兵、離れすぎだ!』
 通信機からすぐさまそれを指摘する声が入る。ルークも必死に機を操るが、すでに遅かった。
 小惑星の影から身を躍らせたサエカのゲルググの鋭角的なシルエットは、間髪入れずに手にしたMMP−80を発砲。ペイント弾がユリウス機に降り注ぐが、彼は迅速に反応し、襲い来るそれをシールドで受け止めた。ペイント弾では被弾の衝撃などあってないような物だ。彼はすぐにその場を離れ、照準――しかし、すでにサエカ機の姿はディスプレイ上のどこにも無く――。
「中尉! 後ろです!」
 アラート――後方警戒を知らせるビープ音がユリウスの鼓膜を不愉快に震わせる。
 彼は全身のアポジモーターを駆使させて強引にターンを行ったが、サエカ機と正対する頃には彼の機には何発もの弾痕がカラフルに刻まれていた。
『ユリウスも戦闘不能だ。ユリウスもまだまだ鍛える必要があるな』
『くっそー、サエカには敵わんよ』
 ユリウス中尉は決して腕の悪いパイロットではない。実際、模擬戦を行えばルークとハリソンの二人で挑んだ所で勝ち目はないだろう。そのユリウスをいとも簡単にサエカは撃墜してしまったのだ。まともにやってもルーク一人で勝ち目がある筈はない。
 しかしサエカ機は再度身を隠す。どこまでもこちらを翻弄するつもりらしいと知り、ルークはメインディスプレイに目を走らす。辺りは一面、小惑星の海である。
 無数の小惑星の中に潜んだモビルスーツを見つけるのは並大抵の事ではない。スラスターの噴射炎は相手の操縦技術が高いほど小さく、少ないものになり、発見は難しくなる。地上戦のように動くものを見つけようとするのでは話しにならない。小惑星は、方向も速度もバラバラに動いているのだ。つまり、無数の小惑星の中で今までと違う動きをするものを探さなければいけないのだ。
「――ッ!」
 何かが小惑星の影から飛び出した――アーモンド型のシールドがゆらゆらと踊っている。つまりは、気をひくための囮。
 ルークはそれに引っかからなかった。即座にシールドだと判断した彼は、こちらに向かって小惑星の影伝いに移動するスラスターの青白い軌跡を視界の端で捉えていた。
 すぐさま照準をそちらに向け、小惑星の影から飛び出す瞬間を狙って、発砲――ペイント弾はサエカ機をカラフルに染め上げる――筈だった。
 しかし、サエカはもう一枚上手だった。小惑星の裏で急激な機動をかけ、今までの軌道とはまったく別の軌道でルークへ向けて飛び出したのである。そのフェイントに、ルークの反応は遅れた。そして、その遅れが彼にショッキングピンクの弾丸と撃墜判定をもたらした。
『これで全滅、と。タイムは4分54秒――また五分は生き残れなかったな』
『ちっくしょー、またかよー!』
 ハリソンがまたも悲鳴を上げる。五分以内に小隊全機が被撃墜――その場合、罰則としてシミュレーションが追加される。ルークも内心では悲鳴を上げている。
『真っ先にやられたやつが言うセリフか、ハリソン。それにルーク、フォローが遅いぞ』
「すみません、中尉」
『ま、詳細と追加シミュレーションプログラムの言い渡しはデブリーフィングでミッチリやろうか』

 サエカ・シュトラウベ大尉は控えめに言っても美人である。初めて彼女を見た時、特別仕立ての軍服を着ているとルークが思ったほどに、彼女の立ち姿は堂々としたものだった。
 高い身長と、メリハリのついた体のライン。気品漂う端正な顔立ちと黒真珠のような瞳、豊かに背中を流れる黒髪は邪魔にならぬよう括られている。凛とした佇まいとその容姿のおかげで、男性はもちろん女性からの人気も高いと専らの噂である。噂の出所はハリソンだが。公国軍の宣伝ポスターから抜け出てきたような彼女は、容姿通りに自らの職務に忠実であった。
 模擬戦のデブリーフィングは宣言通りミッチリと行われた。ガンカメラの映像が再生され、何度も執拗に巻き戻された。特に説明が必要なものは144分の1の模型を用い、機動はおろか一挙一動を指摘された。
「ま、昼飯にしよう」
 その一言でやっと開放された。モビルスーツの操縦は言うまでもなく重労働である。さらにそのあと自分の操縦の一挙一動に駄目出しが入るというのは精神的にかなりクる物がある。ルークとハリソンはピンピンしているサエカとユリウスの後をフラフラと着いて食堂に向かった。

 軍隊生活において食事は唯一の楽しみだというのは、ルークもなんとなく知っていた知識だが、それが事実だということを実感していた。
 基礎訓練から部隊に配属後、なにより違いに驚いたのは食事だった。基礎訓練コロニーの食事もお世辞には美味しいと言えるものではなかったが、部隊に配属されてからはさらに味が落ちた。小惑星改造の宇宙基地に駐留しているのだから、食事の材料のほとんどが代用品のため仕方ないが。
 パイロットには高カロリーの食事が優先して支給される。最初こそその味と量に戸惑ったルークだったが、食べなければ体が持たないということが分かれば、美味しく食べる事が出来るというのは発見だった。
「しかし、ミス・ヒメには相変わらず敵わんな」
「鍛え方が足りん……って、そのミス・ヒメというのはなんなんだ?」
「知らんのか。ゼン=マインドとワビ/サビを持った神秘のサムライ戦士だ」
「サムライなのか、ヒメなのかはっきりしたらどうだ」
 サエカに対しこのような会話が出来るのは、この隊ではユリウスだけだ。503中隊以前から二人は恋仲であったらしく、彼らは中隊公認のカップルである。ハリソンは彼女を懸けてユリウスに決闘を申し込んだが、勿論相手にされなかった。
「ちなみにルークはミスター・アシガル、ハリソンはザ・ニンジャだ」
「それだと俺、3戦3敗3死亡の超人じゃないですか。勘弁してくださいよ」
 この基地には士官用、下士官用、兵卒用の食堂といった区別はない。そのため、こうして4人でテーブルを囲んで食事と訳の分からない(少なくともルークとサエカにとっては)会話をしていた。
「ところでルーク、パイロットの資質とは何か分かるか?」
 ついに嫌気が差したのか、サエカは急にルークに話を振った。難問を急に聞かれた彼は、思わず言葉が詰まってしまう。
「……えーと、操縦技術とか、射撃技術なんかでしょうか?」
「それもあるが、そういうものじゃない」
「状況判断力とか、いつでも平常心を保てるとかですか?」
「重要な要素だ。だがそれも違う、違うぞルーク君」
 首をふるふると横に振り、彼の言葉を否定したサエカは、なぜかどことなく楽しそうである。その様子に彼はさらに狼狽する。ユリウスとハリソンは二人で何事か話し込んでいて、とても助け船は出してもらえそうにない。
「よし、可愛そうだから教えてあげよう。それはな、眼の良さだ」
「眼?」
「勿論、視力が良いとかそういうのだけじゃない。さっきの模擬戦の時のような、一瞬でフェイントを見破り、私の機動を見つけたような、そういう眼の良さだ」
「……は、はぁ」
「そうそう誰もが持っているものじゃないぞ。もう少し操縦技術をつければ、こっちの軟弱者よりも余程良いパイロットになれる。私が保証しよう」
 まったく予期せぬ称賛の言葉に、ルークは慌てた。食べていたテリヤキチキンが喉に詰まるところだった。なぜかサエカ大尉は満足げにこちらを見つめてニコニコとしているし、ハリソン中尉は軟弱者発言を受けてブーたれているわ、ハリソンは固まってるわでルークはもう訳が分からなかった。
「あ、アリガトウゴザイマス」
 ただ口をモゴモゴさせてそれだけ搾り出すのがやっとだった。

 訓練に明け暮れるうちに二週間ほど時が過ぎ去り、実戦さながらの訓練の成果は着実に現れていた。サエカの言う通り才能があったのか、ルークの努力なのか、はたまた両方かは分からないが、彼の技量は配属当初からは考えられぬほどに高まり、中隊に配属された学徒兵の中で彼の技量は1,2を争うものに成長した。今ではもっと高度なシミュレーションプログラムをこなし、小隊間での模擬戦も第一小隊は他の小隊を圧倒した。
 しかし、ルークの内心は複雑だった。彼には自分の技量が高まるほど戦争は近づき、身近なものに――まるで戦争が自分の生きる道になってしまうような、そんな気がした。そしてそれがどうしようもなく恐ろしかった。
 彼は恐れた――すぐそこにある戦争を、そしてパイロットとしての自分自身を。彼は自分が自分ではなくなっていくのを感じていた。彼はスケッチブックを開き、エーリカの姿を見、愛する人を守る決意を固めても、筆を取る事はもうなかった。
 訓練に励み、己の技を磨くほど、戦場に出る日は近くなる。そして、戦場に出て生き残れれば良いが、戦死すればその努力――やりたい事も、愛する人も、全てを投げ出して血の滲むような訓練に励んだ努力は、全て無に帰す事になる。
 どれだけ努力しても得られるのは栄光ある死だけかもしれない――空しい青春だと彼は思った。彼の青春は戦争に取って代わってしまったのだ。
 彼のそんな思い――ある種の予感は現実のものになる。

 


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