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滅びゆくものの為に


 

プロローグ

 

 どこから私のことを聞いたのだろうか、彼が電話をしてきたのはまったく唐突だった。普段ならば、そのようなことには一切応じない私だが、彼の言う言葉は私の興味をそそられたし、それに何よりやっとその日が来た事に、私は内心狂喜していたのだ。もうあれから、10年の月日が経とうとしている。
 ドアを開けて入ってきた青年は、電話口から受ける印象そのままの、実直で活発そうな、そしてなにより年齢より幼い顔立ちをしていた。丸く大きな茶色い瞳と、緩くカールしたブラウンの髪の毛がその印象を強めていた。ダークグレーのスーツに紺色のネクタイを締めてはいるが、あまりスーツ姿が似合っているとは言い難かった。
 挨拶と握手を交わし、店内をちらりと見回した彼がカウンター席へと腰掛けると、ボイスレコーダーや使い込まれた分厚いメモ帳を広げていった。
「良い店ですね」
「小さいがね、やっと開けた店だよ――珈琲でいいかい?」
「ええ、ありがとうございます」
 珈琲がすっかり下に落ち、いつものせわしない音を立てて空気が入り込み、ごぼごぼと泡立ってくるまで、私達はお互い無言のままだった。珈琲を2つのカップに注ぎ、彼の前に出してやる。
「いただきます」
 軽くカップを持ち上げてそう言った彼が珈琲を啜る。それを見ながら私も一口口に含む。
「……おいしいですね、豆はキリマンジャロ?」
「ありがとう、正解だ。最近はコロニーにいても地球産が手に入りやすくて助かる。少し前までは滅多に手に入らなかったらしいが」
「ああ、グリプス紛争ですか? 地球圏でも戦闘が激しかったですからね」
 薄く笑って、訂正してやる。
「いや、もう1つ――いや、二つ前か。ジオン独立戦争の頃だよ。あの頃はよっぽどツテ
のある者じゃないとキリマンジャロ産の豆なんて宇宙じゃ手に入らなかった」
「あ、ああ。すいません」
 慌てて謝る姿は、青年と言うよりもやはり少年のそれだ。
「いや、謝ることじゃないさ」
 私がそう言った時、唐突にドアが開いた。唐突に、と言ったのは彼の為にこの店を昼から貸切ということにしておいたからだ。無論店の表にも「本日貸し切り」の札が掛かっている。
「よう、マスター!」
「おいおいブルーノ、表の札が読めなかったのか? 酔っ払うにはまだ早いぞ」
 そう言いながらも私は、すでに彼の珈琲を作り始めている。彼が昼間に店に来る時は、大して長居はしない。1杯か2杯珈琲を飲み、それと一緒に煙草をふかすのだ。どうせ向かいの彼との話も始まっていない、構わないだろう。
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。今日は良い煙草を仕入れたもんで、一本ぐらいマスターにも分けてやろうかと思って来たんじゃねぇか」
「へぇ、そいつは有難いな。すまんが今日は俺にお客さんが来ているから、一杯だけだぞ」
「へへっ、すまんね、坊主」
「いえいえ、どうぞ。この店は"吸える"店なんですか?」
「おいおい、目の前の灰皿が目に入らないのか? すっかり煙草呑みも肩身が狭くなっちまった。家でかみさんに小言言われながら吸ったんじゃ旨くねぇし、かといって外じゃ吸える所なんてほとんど無い。ここは近所の煙草呑みのほとんどが集合している店さ。煙草と美味い珈琲、これがある所には俺達はどこへだって行くぜ?」
「褒めてもサービスが良くならないってことは、もう知っている筈だと思ってたんだがな」
 珈琲を出して、そう言う。
「無愛想なマスターの代わりに可愛い女の子でもいりゃ完璧なんだがな」
「娘にこの店の手伝いは絶対にさせないでおくよ」
 無言で彼は珈琲を啜り、煙草をソフトケースから一本振って出し、口に咥える。懐からオイルライターを取り出して彼はそれに火をつけた。何度も行われたであろう、儀式めいた手順。紫煙を盛大に吹き出し、彼は無言でこちらにその内の一本を差し出した。
「ありがとう」
「本物のバーレイ葉とバージニア葉、それにトルコ葉を旧世紀から変わらない比率でブレンド、香ばしさを出すために最後に加熱した一品さ。ラッキー・ストライクと言ってな。旧世紀は兵士が良く吸っていた煙草らしい。なかなか手に入らんぞ」
 自慢げな顔でそう言った彼の言葉、そして煙草に刻まれたマークには見覚えがあった。あの時はすぐにマークのことなど忘れてしまい、後で後悔したものだがまさかこんな時になってから思い出すとは。
「……随分昔に、吸ったことがあるよ」
「なんだ、そりゃいつごろに?」
「俺がまだ、兵士だった頃さ」
 そう言って私も、もう10年も使っているオイルライターでもって煙草に火をつけ、一口吸い込む。あの時吸った味と、なんら変わるところはなく、あの時の記憶までもが蘇るようだった。
 彼は良く喋る男だが、煙草をくゆらしているときは不思議と喋らない。私も、そうだ。居心地が悪そうに、向かいの彼が身をよじる。
 彼は灰皿で名残惜しそうに煙草を揉み消し、最後の一口を飲み干す。
「ごちそうさん」
 彼は満足げにそう言った後、テーブルに小銭を置いて出て行った。私も小さくなった煙草を灰皿に押し付ける。
「すまないね」
「いや、いいですよ。しかし随分愛されているようですね」
「有難いことに、ね。それじゃあ、そろそろ始めるかい?」
「ええ、えーと、ケーニッヒ中尉」
「元・中尉だよ。ミスタでいい」
「失礼しました。ミスタ・ケーニッヒ」
 珈琲をもう一杯、二つのカップに注ぐ。
「しかし、何故私なんだ? 他に聞く者ぐらい幾らでも居ただろうに――例えば、ノダック少佐や」
 彼に尋ねるが、この質問には二つの意図があった――彼がどこまで知っているのか、そして何より、私の長年の疑問だ。
「ノダック少佐――リッター・ノダック機動軍少佐は戦後の軍事裁判でB級戦犯として処刑されています」
 酷くためらいがちに、彼はそう言った。私は思ったほど動揺しなかった。月日の為せる技なのだろうか、あるいは半ばそのことを予想していたからなのだろうか。長年の疑問の一つが、やっと解けた。だが疑問は山ほどあるのだ。
「そうか、そこまで知っているのか。ならば、むしろ、私が聞きたい。10年前の、あれは、『ルビコン計画』とは一体なんだったんだ? <リボー>の中で一体何が? 私たちは本当のところなぜ<リボー>を吹き飛ばさねばならなかったのだ?」
 ある程度調査をした上で私のところに来たのだろう。ならば、私の疑問、長年の疑問も知っている可能性がある。
 事実、知っていた。彼は話した。『ルビコン計画』について、その驚くべき――と言うより呆れた全容を。そして<リボー>内の出来事。サイクロプス隊。バーナード・ワイズマンとクリスチーナ・マッケンジー。
「……と、これが私の知っている全てです」
「世界最大の獲物とは言い難いな」
「……そうですね」
「大勢の素晴らしい男たちがみんな無意味に死んだ――そしてあやうく1000万の人々が無意味に死ぬところだった。君も含めて――しかし、バーニィとは、また懐かしい名前
が出てきたものだ」
「彼を知っていたんですか?」
 彼は驚きのあまり、その輝く目をまん丸に見開いてそう言った。
「ああ、そうさ。しかし彼が本当に一人でも任務を遂行すべく戦ったとは、な」
 やはりこれも、疑問の一つ。そして、ある程度の予想はしていた――いや、願望と言ったほうが良いのかもしれない。ノダック少佐のことを聞いた時は心が沈んだが、このことは私の心を躍らせた。やはり、見込んだ通りの、一端の男だったのだ。
「彼の最後の場に、私も居ました。私は、何もすることはできなかった」
 彼もまた、かけがえの無い"戦友"を失った一人なのだ、と私は思った。戦友は、歳や性別を超越し、家族よりも強い絆で結ばれるのだ。それを失うことは、自分が死ぬことよりも、恐ろしい。
「やるべきことを決めた男を止めるのは、至極難しいんだ。私も、経験があるが」
 すっかり冷めてしまったコーヒーをすする。私の淹れた珈琲は、酷く苦い味がした。
「それでは、話そう。彼らと、私がこれまでに知った最高の船乗り、ゲオルク・フォン・ヘルシング。そして同等の愚か者、カール・シュトロープについて」
 彼は黙ってレコーダーのスイッチを押した。
「私は父がいなかったからな。ヘルシング艦長はそうだな、私の中ではまさしく父親のような存在だった……」

 

 私が話し終えたとき、すでに辺りは暗くなり始めていた。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「これで一本、話を作るっていうのは本気なのか?」
 彼は最近流行りの戦記小説を書こうとしているらしいのだ。それゆえに、彼はわざわざここまでインタビューをしに来ていた。最近と言っても、一年戦争後からその手の物はいささか書店に氾濫しすぎていたが、需要があったのだろう。多くの本がベストセラーになっていた。アムロ・レイの自伝「白き流星伝説」や、T・ディミトリー著「大空の騎士」、M・ニノリッチ著「第08MS小隊戦記」などは、テーブルでもよく開かれていた。
「こいつでベストセラー、取ってみせますよ」
「大した自信だな」
 そう言って私は笑ったが、私も彼の作品が世に出る事を望んでいた。敗戦国の宿命だろうか――公国側が主役の作品はあまり無く、大抵の場合公国は憎むべき、または間抜けな敵として描かれていた。それが私の一年戦争を経験したにもかかわらず、その手の作品を積極的に手を取らなかった理由の一つだ。
 しかし彼は、どうやら違うらしかった。それだけで、私がインタビューを受けるのに充分な理由となった。
「私の長年の夢――というより使命だと思っていますから」
 使命――彼もまた、そうなのだ。私と同じように。私の"使命"はたった今、果たされたが。
「誰もそんな話、信じないだろうよ」
 そう私が言うと、彼は顔をクシャクシャにして少年のような笑みを浮かべた。どういう意味を持った笑みなのか、私には分からなかった。
「そう言えば、まだそれのタイトルを聞いていなかったな」
「『鷲は舞い降りた』か、『ポケットの中の戦争』にしようと思っています」
「そうか。『ポケットの中の戦争』の方が私は好みだな。もっとも、誰を主人公にするかで変わってくるだろうが。ま、もし出版されたら買うことにしよう」
「いえいえ、贈らせてもらいますよ。それと、もしもは余計です」
 茶目っ気たっぷりに彼――アルフレッド・イズルハはそう言ってまた笑った。
「大した自信だな」
「彼に――バーニィにできる、これが僕の精一杯のことですからね」
「ああ、そうだな。違いない。さて、私たちは少なくとも彼らに乾杯できる。『カフェ・ツェッペリン』から『バー・ツェッペリン』になるにも、ちょうどいい時間だ。付き合ってくれるか」
「ええ、喜んで」
 私は棚からグラスとブッシュミルズを取り出し、ロックを二杯作り彼に差し出した。
「『滅びゆく者の為に』」
 グラスを掲げ、彼にそう言う。彼もそれに応え、グラスが二つ、宙に掲げられる。
「……それは一体何ですか?」
「あの時流行っていた言葉さ。皆ジオンの行く末に希望なんて見出しちゃいなかった」
「へぇ、使わせてもらいます」
 良い笑顔を作った彼は、すぐさまそれをメモに書き留めた。作家根性、というのはこういうものなのだろうか。
「じゃあ改めて、『滅びゆくものの為に』」
「ああ、『滅びゆくものの為に』」
 アルコールが、ついに使命を果たしたのだという心地良い感覚と共に体中を駆け巡っている。次は彼が、私の代わりに――いや、私以上にそれを果たしてくれるだろう。彼らを良く知る者と、彼らの為に、グラスを掲げる。死んだ者らの為に、今はこれが私の出来る精一杯のことだった。

 


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