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滅びゆくものの為に


 

エピローグ

 

「――この……ゲルグ……きているの――応答せ……」
 私が意識を失う前、最後に認識したのは哨戒艇が出す小さな光と、途切れがちな通信だった。生命維持装置こそ動き続けたものの、コックピット内の空気は汚れきっており、ノーマルスーツもまた排生物で不衛生の極みだ。推進剤は尽きかけ、常備していたサバイバルパックの食料はとっくに尽きていた。それでも私が生き続け、半ば漂流しながらもここまでたどり着いたのは執念に他ならないだろう。
 気づいた時、私がいたのはゲルググのコックピットではなくベッドの上だった。どれほど意識を失っていたのだろうか。哨戒艇に救助されたのが12月30日だった筈だ。ほぼ五日間、漂流を続けていた計算になるのか。
 誰かに聞こうと思ったが、なぜかこの部屋には誰もいなかった。ベッドがいくつか並んでいるが、寝ているものは誰一人としていない。何かあったのだろうか?――いや、どうやらその手間はなさそうだ。デジタル式の時計を見つけた。表示は、31日。それももうすぐ変わり、宇宙世紀0080年を迎えようとしていた。ほぼ24時間以上寝ていたことになるらしい。道理で体が重たい。
 特に外傷はないらしく、包帯も何も巻かれていなかった。それどころか、点滴のチューブ一つすら刺されていない。腕に絆創膏が貼ってあったので、点滴をした後外したのだろうか。それほど私の体は頑丈だったのか、と自分でも少し可笑しかった。まぁ、そちらの方が都合は良い。
 <グラーフ・ツェッペリン>は一体どうなったろう。連邦軍へと投降し、無事捕虜となっただろうか。連邦軍は捕虜を処刑するようなことは無いだろうが、艦内から核弾頭ミサイルが見つかれば南極条約違反として軍事裁判は避けられないだろう。最上位の指揮官は、ノダック少佐か。安否が気になったが、やはりそれを確かめる術は持っていない――いや、これからも訪れないかもしれない。
 起き上がり、軽く体を伸ばし、体の状態を確認する。私物の入った箱が傍らに置かれていた。制服もそこにあったので、とりあえずそれに着替え、身につけるべき物を身につける。自分の拳銃も、そこにあった。手に取った重みが、決意を、殺意の重さを再確認させるようだった。私はそれを少し眺めた後、懐に入れた。
 意識は不思議とハッキリとしていた。為すべきことは、何も忘れていない。部屋を出、少し周りを見回した後、一路司令官私室へと向かう。
 キリング中佐に全てを報告する。そして、償うべき者に、その罪を知ってもらう――懐の拳銃を使うことになるだろう。あのような作戦のために、彼らが死ぬことはなかった筈だ。
 責任を、取ってもらう。こんなことをしても、どうにもなら無いことは分かっている――だが私が彼らの為に出来ることは、それぐらいしかないのだ。私は心の中で、ヘルシング艦長に謝罪した――命令は、守れそうにありません、と。

 殺意を弄びながら、私は最後の角を曲がった。警備の兵に、どう言って入るべきか。また、全てが終わった後、どうするべきなのだろうか――その場で射殺されるだろうが、まぁいいだろう。
 司令官私室の前に警備の兵は居なかった。普通、衛兵が就くものだがいなかった――確かにそちらの方が都合は良いが。しかし、おかしい――ここへと来るまでにも誰とも会わなかった。いくらなんでも異常すぎる。しかしそれを確かめる術は、やはり私は持っていなかったのだ。
 大仰な扉をノックする。半ば予想していたが、反応は無かった。もう一度扉を叩く。やはり同様。いささか装飾過多とも思えるノブを回すと、以外にもノブは回り、扉は開いた。人は誰も居ないかとも思ったが、そこには、その部屋の主が、きちんといた――もっとも、出迎えてはくれなかったが。
 私をまず迎えたのはギレン・ザビ総帥の大きな、天井まで届くような大きさの肖像画だった。
 その前に、この部屋の主は居た――キリング中佐は、まるで肖像画にかしずいているかのようだった。その傍らには、拳銃が転がっている。赤い絨毯に、それより幾分か黒い液体が広がり、染みを作っていた。彼の表情は、頭を垂れているような姿勢のため、確認できない。彼は、その命を自ら絶ったようだった。
 大きな掛け時計がその鐘を打ち鳴らし始めた。零時を、宇宙世紀0080年を迎える鐘は、誰が為に鳴るのか。
 放送は延々と同じ内容を繰り返していた――地球連邦政府と、ジオン"共和国"との間で停戦協定がなされた、と。
 彼は責任を取って、自ら人生の幕を降ろしたのだろう――だが、そこに私と彼らの戦いは含まれていたのだろうか。もうそれを確かめる方法はないが。
 憤りも、無力感も、敗戦の悲しみや、むなしさといったものを感じない自分が不思議だった。ただ、伝えるべき相手も、激情をぶつける相手も居なくなったことへの深く、重たい悲しみを覚えただけだった。
 私は部屋を後にした。さて、私はこれからどうするべきなのだろうか。また生き永らえてしまった。
 決意の一つは為された――自らの意思に関係なく。もう一つの決意、自分と、彼らの戦いを後世へと伝える為にはどうするべきなのだろうか。
 なるほど、自分が生き永らえたのは、どうやらその為らしい――ヘルシングはきっと、彼の寛容でもって全ての義務から解放してくれるだろうが――私はそれを、為したいがために為すのだ。宇宙の片隅で散っていった男達の、その鋼鉄の意思を、その献身を、その悲哀を後世へと伝えるのだ。
 まったく厄介な役目だ。私は少し笑った――私にはちょうど良い罰だろう。
 滅びゆくものは、もういない――死んだ者らの為にできることは、それぐらいしかないのだから。

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