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滅びゆくものの為に


 

 

 ヘルシング戦闘団の壊滅は、そのまま彼らの艦隊の終わりを意味していた。次々と懐に飛び込んでくる連邦軍機を止める手立ては、もうなかった。
 破局が最初に訪れたのは、やはりと言うべきだろうか、最前面で奮戦する<ヴァルキューレ>だった。全ての障害を突破した二機のジム・コマンドはその手に握られたハイパー・バズーカを、彼女が回避運動を終えたそのとき――不可避のタイミングを狙って発射された。
 直撃――B砲塔基部に命中した280ミリの一弾は、砲塔をその下から吹き飛ばした。さらに、爆圧はその上のA砲塔の二本の砲身を捻じ曲げ、射撃を不能ならしめた。彼女の戦闘力のそのほとんどが、一瞬で奪われたのだ。艦体右舷に突き刺さったもう一発は、さらに致命的な損害を彼女にもたらした。何枚もの装甲を貫通し、艦の中心部近くで炸裂――大きく口を広げた破孔から様々な破片が――人間の物も含めて噴出していた。
 よろめくように、あるいは猛烈な怒りに耐えるかのように、彼女の200メートル超の巨体が震えた。彼女は、この一撃も耐えた――耐えた、と言っても、即座の爆沈を逃れたというだけである。主兵装を失い、幾多の被弾をその身に刻んだ彼女に、戦闘力は最早残されていない。満身創痍のその体は、いつ轟沈してもおかしく無い状況。
「……<ヴァルキューレ>より発光信号、『我レ被弾、戦闘続行不能なれど任務継続ス』」
 彼女の状況を歯を食いしばるように見ていたノダックが、<ヴァルキューレ>艦長からの発光信号を、一音一音、噛み締めるかのように読み上げる。
「<ヴァルキューレ>に返信、艦隊司令より<ヴァルキューレ>艦長。貴艦の義務は終了セリ。避退を許可ス。速やかに本宙域より離脱セヨ、だ」
「返信、『貴信了解。我レ、これより任意の方向へ避退セントス』」
 それを報告したノダックは、小さくため息をつき――そして目を見張った。彼女は、<ヴァルキューレ>の取った行動に理解しかねるといった声音で言った。
「一体どこに避退してるんだ、<ヴァルキューレ>は!」
 <ヴァルキューレ>は身をよじるように陣形から離れていく。だが、彼女の鼻先は連邦軍艦隊のいる方向を向いたところで止まり、加速を開始した。轟然と。未だ健在の対空砲を怒り狂うかのように猛然と振りたて、ただひたすらに前方へ、敵艦隊へ、真正面からの突撃。
「――くそっ、全砲、<ヴァルキューレ>を援護!」
 二基の熱核エンジンからは光芒が見たことの無いような勢いで流れ出、それは太く、長い尾を曳いて輝いていた。敵弾が彼女に集中し、その身を引き裂いていくが、彼女はそれでも突撃を止めない。その光景は戦士たちの魂を、ヴァルハラへと導くかのようだった――その戦乙女の名の通りに。
『我レ、これよりヴァルハラへと突撃ス。幸運を。幸運を』
 ヘルシングはその光景、その行動に名状しがたい何かを覚えた――しかし、いつまでも見とれているわけにはいかなかった。彼らの意図、それを忘れてしまっては彼らの献身に応えることはできない――そしてそれは、この世で最も恐ろしいことだ。
「取り舵、敵艦隊の目の前を横切るぞ。最大戦速」
 僅かに遅れて、復唱。急激な加速Gと旋回Gに、ツェッペリンの巨体が震える。
「どうせ海で死ぬのなら、ああいう風に死にたいものですね」
「……私は、彼らのような者たちを見るたび、つくづく自分が嫌になる」
 そう言ってヘルシングは制帽を深く被りなおした。まるで自分の表情を隠すように。
「……あれこそが、公国軍人の鑑だ」
 ただただ状況に圧倒されているように押し黙っていたシュトロープが搾り出すように呟いた。
 慈悲深き一撃は訪れた。何条ものメガ粒子ビームが彼女を貫いたとき、その体が一瞬膨らみ――そして、内部から産み出た炎に飲みこまれるかのように巨大な火球と化した。何人もの男の命と、そして自身を燃料とした彼女の炎の華は一際大きく、見る物に畏敬の念すら抱かせた。
 ヘルシングは離れていく彼女をずっと眺めていた――いや、ヘルシングだけではない。艦橋の男たちは、その華を食い入るように見ていた。
 爆発の後に残ったのは、爆発を逃れた僅かな艦首部と、艦橋の男たちの敬礼だけだった。

 

 <ヴァルキューレ>の最後は、自分の行く末を暗示しているかのようで、ケーニッヒは少し嫌になった――それと同時に、少し嬉しくもあった。自分の抱いている気持ちが、自分だけではないことに。
 すでに状況は戦術以下の問題になっていた。ヘルシング戦闘団は壊滅――残っているのは僅かに3機だけである。フリッツとも散りじりになり、ケーニッヒは単機で群がる敵機との死闘を繰り広げていた。
 感慨に浸っている暇は、彼に与えられなかった。敵のMS隊は一時<ヴァルキューレ>へと向かったものの、すぐにその矛先をツェッペリンへと向けている。彼女を守るものは自身の対空砲以外には何も無い。
 今、2機のガンキャノンがジムに護衛されてツェッペリンへと向かっていた。ケーニッヒはすぐすまそちらに機を向け――そのとき、ディスプレイの隅の光景が、彼の目に飛び込んでくる。最早この戦場ではほとんど見かけられなくなったザク。無論、敵機の執拗な追撃に晒されていた。ザクは左腕と頭部、さらには右脚まで失い、幾多の被弾で酷い有様となっているが、なんとか飛び続けている。だが、すでにその運命は決まっているようなものだった――フリッツの運命は。
「――フリッツ!」
『中尉……』
 ミノフスキー粒子の影響か、あるいは通信機の不調か分からなかったが、フリッツの声の感度は酷く悪かった。だが、それでも彼の声が喜色に満ち、そしてまた、それには苦悶が混じっているのがケーニッヒにはすぐに分かった。
「待ってろ、すぐに援護に行く!」
『来ないでください。中尉――』
 ケーニッヒは、言葉を失う。彼もまた、そうなのだ――未だ二十歳にもならぬ彼でさえ、少しでも艦隊を守ろうと戦っている。その身をもって、健気にも。
『……中尉、艦隊です。僕じゃない、艦隊が危ない。……もう僕は駄目です、怪我をしています。帰ったって、助かりません』
 彼はずっとうわ言のように艦隊へ、艦隊へと繰り返していた。ケーニッヒは歯を割れんばかりにかみ締め、操縦桿を握り締める。己の無力さを、そうすれば緩和できるかのように。
『……今までありがとうございました。ここまでです。すいません』
「……お前が謝ることは、何もないだろう、フリッツ」
 声を出すのが、ひどく苦しい。無力感は、怒りに。それは体内で膨れ上がり、暴発の時を待っている。
『中尉、ケーニッヒ中尉。お元気で。僕は、ヴァルハラに、僕もヴァルハラに行けますか』
「ああ、きっと。またそこで会おう、フリッツ」
 通信が途切れた――ケーニッヒは、怒りを叩きつけるかのようにフットペダルを一杯まで踏み込んだ。強烈な加速Gに体がシートに押し付けられる。彼は歯を食いしばる――Gと、怒りに耐えるために。
(何度目だ、これで!)
 声に出さぬ彼の激情が乗り移ったかのように、ゲルググはそれ自体が一個の弾丸と化したかのように加速していく。
(畜生、畜生――どいつもこいつも!)
 背後で爆発の光が広がっていく。彼は振り返らない。その激情を叩きつけるべく、ただ真っ直ぐ。

 

 まったく、酷い有様だと彼は受領したばかりの愛機、ジム・スナイパーUのコックピットで思った。あのような部隊に、ここまでやられるとは、まったくふがいない。すでにソロモンは陥ち、戦争の帰趨は分かりきっている。こんな宇宙の片隅で死ぬのは、ちっとも面白くない。
 3機のジム・コマンドと彼によって構成される小隊は未だ全機が健在だった。細かい損傷こそあるものの、戦闘に支障はないレベル。すでに彼らの小隊は3機のジオン機を撃墜し、彼自身もその内の2機を撃墜していた。連邦内にもいくらも無い最新鋭機を受領したのだから、これぐらいの戦果は挙げてしかるべきだ――それも、こんな戦場ならばなおさらそうだ、と彼は思う。
 すでに戦闘は彼の目から見れば終わりかけていた。少なくとも彼の獲物、ジオン機はもう見られない。撃墜確実二機では、すこし物足りないと彼は思っていたが、獲物がいないのならば仕方が無い。大物は自機の火力ではとてもじゃないが撃沈できるものではない。ゆえに彼と彼の小隊は手近にいた量産タイプのガンキャノンと臨時の編隊を組み、その援護を行っていた。
 しかし、奴らあのような戦力でサイド6に殴りこみをかけるとは、一体何を考えているのか。付き合わされるこっちの身にもなってほしいと彼は思う。
 彼の名はアンドレイと言ったが、さして彼の名前は関係ない。
 その彼、アンドレイの目は降ってきた厄災を捉えられなかった。油断していた、としか言いようが無いが、この時に限っては、理由は結果に関係しない――たとえアンドレイが気付いていたとしても、ケーニッヒを止めることはできなかったろうから。
 頭上から、『何か』が降ってきた。その『何か』は少しも速度を緩めることなく――いや、さらに加速。猛烈な勢いで降り来たる。
 それが飛びぬけたとき、閃光が二つ咲いた――それは、アンドレイらが護衛していた2機のガンキャノン。一機を左手に逆手に握られたビーム・サーベルで切り裂き、反転。両腕を突き出すように構え、右腕のマシンガンを、左腕のビーム・スポット・ガンを連射した。その全火力を叩き付けられたガンキャノンは耐えられるはずも無かった。何の造作もなく、瞬く間もない、鮮やかな殺陣。
『――な、一体なんだ!?』
『畜生、二機ともやられたぞ!』
「馬鹿野郎! 敵モビルスーツ! なんで気づかなかった!」
 アンドレイはうろたえる部下たちを怒鳴りつけ、すぐさま機体を捻る。彼のパイロットとしての勘が彼にそうさせたのだ。そして、それは結果として彼の命を救うこととなった。
 彼の眼前には未だビームサーベルの赤い軌跡が残っているかのようだった。かろうじて、避けられた。少しでも機動が遅れていたならば、やられていた。斬撃を放った機は追撃しようとせず、反転、すぐさま離脱にかかった。
 返り血を浴びたかのように赤いゲルググ。血に飢えたかのような紅い単眼。その輝きが未だ彼の目に残っていた。背中に冷たいものが流れる感覚。
「追うぞッ! フォーメーションをしっかり組め、手練だ!」
 背中を這う感触を振り払うかのように叫ぶ。すぐさまゲルググを追う――戦慄を覚えたことを忘れるために。

 

 自分を追ってくる4機の敵機を確認して、一人ケーニッヒは頬を吊り上げた。獰猛な、野性的な笑み。
 もはやこんなことをしても、もう何の意味も無いのではないか、と彼の心の中の、どこか冷めた部分からそんな言葉が浮かんだ。だが、すぐにその言葉は打ち消される。未だツェッペリンは健在。ヘルシングも戦闘艦橋で指揮を執り続けているだろう――ならば、まだ戦う。それになにより、新たな約束を交わしたのだ――ヴァルハラで会おう、と。
 自機のスピードを巧みにコントロールして、敵機とつかず離れず、攻撃を受けるギリギリの距離で敵機を引っ張り続ける。ゲルググJにはそれを可能にするスペックが、ケーニッヒにはそれを可能にする技量があった。
 適当なタイミングを見計らい、反転。マシンガンを連射。すぐさま敵機は散開。その動きにあまり簡単にはいきそうに無いな、と彼は思う――だが、何も敵機を撃墜しなくても良い。こちらが落とされても良い。ただできるだけ長い間敵機を引きつければとりあえずは良い。だが距離が問題だ。ツェッペリンから離れすぎれば、援護ができなくなる。
 散開した際、僅かにその挙動が遅れた敵機へと距離を詰める。すぐさま左右から敵機が挟みこもうとするが、それをすり抜けて敵機へと肉薄。
 パイロットのうろたえる様が、そのままMSの挙動に現れたかのような出鱈目な射撃。意に介さず、斬撃。逆手に握られたサーベルの描く弧は、そのままジムに上書きされる。彼はそれを確認する暇はない。一際動きの良いジム――ジム・スナイパーUがすぐさま接近してきている。
 これで、彼らはこちらを無視できないはずだ――そう思った自分が、酷く残虐な、血に飢えた猛獣のように思えたが、あまり気にはならなかった。怒りが心を麻痺させているのか、戦場では贅沢な考えだと自分でも分かっているためか。
 ちらりと艦隊を確認する。艦隊は全速力で連邦艦隊の眼前を横切ろうとしていた。<ヴァルキューレ>の献身により、その企みは半ばまで成功しているかのように見えた。まだ艦長は諦めていないらしい――ここが正念場か。ケーニッヒはそう思い、小さくため息をつき、ジムの無表情なバイザーアイを見据える。
 すぐさま激しい戦闘機動は再開された。敵機は攻め方を変えてきていた。残されたジム・コマンドは常に2機ワンセットで動き、こちらを攻め立ててくる。その2機の連携を崩そうとすれば、絶妙な位置でジム・スナイパーがそれを邪魔する。まずはあのジムを片付けなければ――ケーニッヒは高速機動で揺すぶられるコックピットの中でそう思う。だが、そう簡単にはいきそうにない。
 ケーニッヒの死闘は未だ続く――彼がそれを望んでいるかどうかは、分からない。

 

 <ジークフリート>艦長にも、無論その覚悟があった。三機のジム・コマンドが艦隊へと接近した時、それが証明された。左舷スラスター全開――ツェッペリンの盾となることを素早く命じた。すでに一基のみとなったメガ粒子砲が吼えるが、敵機は素早く散開してそれを回避。各個に攻撃態勢。
 ヘルシングはその光景を見、表情を歪めた――彼らがその身を差し出したことへの感謝。そして猛烈な自己嫌悪――自らが命令するまでもなく、彼らがあのような行動をとったことに、自分は安心感を覚えていることへの。
 ケーニッヒはその光景を見、ただ感謝した。その行動を取らせたものを共有しているという感覚に、彼は打ち震える。すぐさまそちらへと機をめぐらせ、フットペダルを一杯まで踏みつけて加速する。
 ジムがバズーカを腰だめに構える。
「ウオォォ――!」
 加速は緩めない――やらせはしない。自分が叫んでいることに、ケーニッヒは気付いた。
 手は届いた。彼は感謝した。
 彼のゲルググは彼の想いに応えるかのような速度で、ジムへとその速度の全てをぶつけた。最も手近に位置した一機に激突、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合い、火花とともに破片が飛び散る――その衝撃でバランスを崩し、弾き飛ばされていく敵機。彼は激しく揺れる機内で、執念に取り付かれたかのように照準をつける。照準は、未だ立ち直れていない機ではなく、別の一機。
 獣じみたケーニッヒの叫び声とともに曳光弾が吐き出され、弾丸はジムの機体を縫うように着弾。手にしていたバズーカを小爆発とともに叩き落とし、頭部を打ち砕き、コックピットを貫通した。すぐさま照準を最初の機に付け直す――パイロットは失神したのだろうか、機体を立て直す気配は無い――だが、慈悲もなく、射撃。咆哮。全弾命中。沈黙。
 二機のジムを瞬く間に、一寸の無駄さえ無い、流れるような動作で撃墜したそのゲルググに、アンドレイは恐れを覚えた――まるで、猛獣が獲物を襲うかのようではないか。
「あと、一機ィッ!」
 三機目、最後のジムは、攻撃態勢を取ってはいなかった。周囲の状況にまるで注意を払わないかのように、飛び続けている。ケーニッヒはその行動に一瞬訝しんだが、その未来位置へと素早く照準。有効射程距離内。ジムの背中を貫く弾丸の軌跡が見えるようだった。トリガーを引き絞る、満足げに。徹甲榴弾が連発される――だが、曳光弾は闇と敵機を切り裂く奔流とはならなかった。
 発射された90ミリは僅かに3発。内2発が敵機の脚部に吸い込まれるが、敵機は何ごともなかったかのように飛び続ける――<ジークフリート>を越え、ただただ<グラーフ・ツェッペリン>へと。打ち上げられる対空砲火は、もはやなんの脅威もジムに与えなかった。ジムは悠々と赤い艦体に狙いをつけ、ハイパー・バスーカを発射。身を翻し、離脱間際にもう一発。発射された二発の280ミリは、寸分違わずツェッペリンの赤い艦体に命中――半ダースの対空砲と機関砲だけでは、MSは止められない。当たり前のことだ。
 ケーニッヒはその光景を呆然と眺めていた。残弾無しという警告灯の瞬きと、ツェッペリンの爆発が暗いコックピットを照らしていた。
 彼にただ呆然としている贅沢など与えられるはずがなかった。衝撃が襲った――だが攻撃を受けたのは彼のゲルググではない。後方カメラが<ジークフリート>の終末の姿を捉えていた。

 

 猛獣の如く戦っていたゲルググが、一転、力が抜けたかのように直進し始める。アンドレイはピタリと狙いをつけると、一人ほくそ笑んだ――もらった。
 引き金を引く瞬間、それを邪魔する者がいたことに、彼は激昂した。機関砲弾が次々に着弾し、彼に不快な音と振動を与える。
「クソったれがぁー!」
 毒づき、すぐさま機体を射線から逃し、そのうるさい相手へとライフルを向ける。ジム・スナイパーUの装甲はCIWSの40ミリでは貫けない。
 トリガーを引く。連射する。ただただ怒りをぶつけるかのように連射する。部下もそれを受けて手持ちの火器を放つ――<ジークフリート>へと、猛烈な射撃を浴びせる。
 アンドレイのジム・スナイパーUが装備していたビームライフルは、連邦軍の開発したMS用ビーム兵器の中で最も高威力を持つ火器だった――つまり、MS携行火器としては両軍合わせてもトップクラスの火力。満身創痍の<ジークフリート>は、それが生み出す破壊力に耐え切れなかった。
 疲弊しきった装甲を易々と貫き、何条ものメガ粒子ビームが一発ごとに彼女を死へと確実に追いやる。左舷エンジンが脱落し、直撃を受けたそれは、光芒と共に爆発。爆発が収まったとき、彼女の艦体は未だ健在だったが、エンジンは止まり、対空砲火はもう打ち上げられなかった。<ジークフリート>は完全に沈黙した。
「――そう、分かりゃいい。そうやって黙りゃいいんだ」
 アンドレイは笑いと共にそう言った。巡洋艦一隻共同撃破――こいつは良いじゃないか、とてもとても良い戦果だ。最後にこんな大物を食えるとは、愉快でたまらない!
 彼の笑いは、そう長く続かなかった。ゲルググが攻撃を終え、離脱しようとするジムをその牙にかけた。ゲルググの腕の中では、ジムが痙攣するかのように震えている――その紅いモノアイがこちらを向いた――紅い瞳から受ける印象は、やはり猛獣――それも、憎悪に狂う獣の目だ――彼の笑いは収まった。
 ゲルググはゆらり、と腕の内のジムを引き剥がした。無造作とも思える動きで距離を詰める。
 アンドレイはその動きに、ある種の根源的な恐怖を感じた。それを否定し、打ち払うかのようにライフルを放つ。ゲルググは当たらない。ゆらり、ゆらりと緩慢な機動でそのこと如くを回避した。またしても、背中を冷たいものが這う感触。今日何度目かの戦慄。体が震え始める。だが腕にまで、その震えが伝わってこないことが、彼には信じられなかった――ならば、ならば何故当たらない!

 ケーニッヒの鍛え抜かれたパイロットとしての技量は、ほぼ無意識下でも機に回避運動を取らせていた。<ジークフリート>は、自分がもっと上手くやれば撃破されることはなかったのではないか。自分はもうこれ以上喪うのは嫌だと口では言いながら、結果はこのザマではないか。まったく、度し難い――ケーニッヒの頭の中でそんな言葉がグルグルと回る。ただ、少なくとも一つ、分かりきっていることがある――彼らを生きて返すことは、きっと自分はしないだろう――スラスターペダルを、一気に限界まで。

 ゲルググの爆発的な加速。それと共に、赤いゲルググの内部から気迫までもが解放されたようにアンドレイは感じた。恐怖と共に。体は忠実に反射運動――機を下がらせ、間合いを詰めまいとさせる。自らのパイロットとしての反応に、彼は冷静さを取り戻す。落ち着けアンドレイ、敵はどう見ても満身創痍、得物は右腕のビームサーベルのみ。気迫に呑まれるな。冷静に対処すれば、負ける相手ではない。
「02、04、状況報告!」
『残エネルギー僅か。これ以上は――』
『自分も同様です!』
 部下に言われ、自分も先ほどの連射でそう長くは戦闘を続けられないことにアンドレイは気付く。
「馬鹿野郎、言ってる場合か! 行くぞ、援護しろ! 俺が決めてやる――」
 全力で逆噴射をかけながら、ライフルを放つ。ゲルググは先ほどとはうって変わった、鋭い、無駄の無い機動で回避。それを見、アンドレイはすぐさま機体を反転させた。距離を取り、こちらのレンジで戦う。1対3、ヤツは俺の獲物だ。負けるはずは無い――だが、この不安はなんだろう――もしかしたら、獲物は俺ではないのか、そういった不安が頭から離れない。
「クソクソクソ! ヤツの足を止めろ!」
 加速Gと不安に押しつぶされるのを否定するように、アンドレイは部下へと指示を飛ばし、さらに加速。だが、部下からの返答は返ってこなかった。頃合を見て、機をゲルググへと向け――彼が見たのは、両断されたジムと、今まさに串刺しになっているジム――僚機の変わり果てたその姿。断末魔を挙げる暇もなく、牙を剥いた神速の斬撃。ゲルググはどこまでも狡猾――あくまで猛獣の如く。赤いビームサーベルはジムのコックピットを貫き、その機をもって射線からの盾としている。
「畜生、上等だよ……やってやる!」
 アンドレイは回り込み、射線を確保。ゲルググはジムの盾を牙を突きたてた獣が首を振るかのように、無造作に振り払う――今まで人が乗っていた機体とは、露ほども考えていないように。彼は叫び声と共にライフルを放つ。身軽になったゲルググは最小限の動きで、ビームを掠めるように回避。
「ゥアァァ――!」
 すでにアンドレイの叫び声は、声になってはいない。もう一発、さらに連射。ゲルググはもう回避しなかった――直撃しても、その戦闘力を奪われないよう被弾すらコントロール。右腕を大きく捻り、唯一の武装、ビームサーベルを守る。一発が残っていた左肩を吹き飛ばし、もう一発が右脚をもぎ取る。意に介さないように、ただただ前へ――ゲルググの紅い単眼が、瞬いたような気がした。その時、アンドレイは不安が的中したことを知る――今更ながら、もう全て手遅れじゃないか――彼は笑う。彼が最後に認識したのは、その紅い牙が自分へと突き立てられる光景だった。

 

 緊急時を示す嫌な赤色の蛍光灯に照らされた戦闘艦橋は、戦闘時だというのに奇妙なほど静かだった。声が無く、静かだというわけではない。飛び交う種々の報告の声が先ほどまでとは変わり、重く、沈んでいただけだ。
「……<ジークフリート>、総員退艦が発せられました」
「そうか。艦長には羅針盤に体を括るような真似だけはするなと伝えておけ」
 ヘルシングはそれだけ言うと、椅子に深く腰掛けた。体が重い。これまでの疲れがどっと襲ってきたかのようだった。
 ヘルシング艦隊。最早、そのように呼べる艦隊は存在しなかった。一瞬の出来事だった――彼らが戦闘力を喪失したのは。打ちのめされた唯一の僚艦<ジークフリート>の復旧は不可能と判断、総員退艦が命じられ、乗組員は急ぎ脱出をしている。彼らは連邦軍が救助してくれるだろう。
 旗艦<グラーフ・ツェッペリン>もまた、その損害は甚大なものだった。280ミリの一弾が、機関部に直撃したのだ。それにより機関出力は出せても30パーセントが限界だった――この戦場で脚を失った彼女に、作戦の遂行はもう、不可能だった。数々の被弾による損害も、ボディブローのようにじわじわと後から彼女の体を蝕んでいた。必死にダメコンンチームが艦内を駆け巡るが、その努力は報われない。
 ヘルシングは最終的な決断を迫られていた――最も、答えは決まっているが。
『第二生命維持装置室、復旧は絶望的』
『このままでは火がヴァイタルパート内に進入します。止められません――ハッチ開放をお願いします。俺達のことは構わんで下さい――ノーマルスーツだけでも、艦にたどり着いて見せますよ』
『エアの流出、止まりません!』
 ダメージコントロールに駆けつけた男たちを、まるで炎は弄ぶかのようにその努力にもかかわらず燃え盛る。火を消そうと空気を抜けば、それだけ艦の寿命は短くなる――生命維持装置に損傷が出ているこの状況ならば、なおさらだ。宇宙戦闘艦とは、かくも微妙なバランスで成り立っているのだ――ゆえにそのバランスを乱されれば、艦は沈む。連邦軍だけが彼らの敵では無い。
 今ツェッペリンを襲っているのは連邦軍ではなかった。連邦軍は、ツェッペリンの損害を確認し、これ以上の攻撃は無意味と判断したのだろう。攻撃は中止されていた。
 艦内電話から次々と、嫌でも入ってくる絶望的な報告は、彼女の断末魔の喘ぎなのだろうか――ヘルシングは制帽を深くかぶり直し、大きなため息を、一つついた。
「この辺で、お開きにしようか、諸君。ご苦労だった」
 ツェッペリンの戦闘艦橋で、聞いたことの無いようなヘルシングの悲痛な声を聞いた者の反応は二つに分けられる――安堵した者、ここまで来てなぜ、という者。シュトロープは無論後者である。
「何を言うか、貴様!」
「特務少佐、この艦が浮いていられる時間は、あまりに長くは無いぞ。我々は連邦軍へ降伏する。貴官はどうするかね?」
 子供をなだめるかのように、淡々とヘルシングは言う。
「降伏、降伏だと! ここまで来ながら、連邦へ降伏すると言うのか――ならば、途上で果てた者たちはどうなるのだ!」
「逆に聞こう、特務少佐。これ以上死者を増やして、一体どうするつもりか」
「散っていった者たちに、顔向けできんとは思わんのか! 貴様の我侭で、この艦の全ての者に生き恥を晒せと!?」
「――我侭はどちらか! 確かに私は多くの部下、戦友を死なせた! これ以上、私は部下を死なせることを拒否する――それのどこが我侭か!」
 滅多に見せぬ、ヘルシングの激昂。シュトロープはその一瞬の気迫に呑まれる。
「……我侭は特務少佐、あなたの方だ。皆が皆、あなたのように大儀と理想を胸に、殉じる覚悟があるとは思わないことだ。現実はこれだよ――大儀と理想とやらでは、敵艦一隻、モビルスーツ一機とて落とせやしない」
「それでも公国軍人か、貴様は!」
「公国軍人だが、その前に私は、この艦の艦長だ。これ以上の戦闘行動は無意味だ――もっとも、続けたくても続けれんがね。それでもなお、艦に残るというのなら私は止めない。むしろ、皆が退艦するまで付き合ってやろうじゃないか――私とて責任をとる必要がある。降伏は、その責任をとる一つの手段だと、私は思うが」
 薄く、小さく笑いながらそう言うヘルシングに対し、シュトロープが取った行動はおよそ、最悪なものだった。
「どうしても、降伏するというのなら……私は貴様を即座に処刑する権限をもっていることをお忘れなく。罪状ぐらいは、聞いてやってもいい」
「……ほう、まるで子供だな。自分の意見が通らなければ実力行使か。公国が負けるのも頷けるな」
 シュトロープの手には、士官に支給される自動拳銃が握られている――銃口は、ヘルシングへとピタリと向いている。ヘルシングはそれを一瞥しただけで、シュトロープの顔――その表情から怒りは感じられない――を睨みつける。シュトロープは堂々としたものだった。こういう状況には、慣れている、とでも言うように。
「これ以上喋るな。貴様はすでに指揮権を剥奪されている――お前たちもだ! おかしな動きをするなよ!」
 シュトロープの突然の凶行に、艦橋のものたちは即座に反応することが出来なかった。だがヘルシングは余裕を崩さない。その様子に、シュトロープの怒りは増す。
「拡大解釈というのは、便利なものだな」
「喋るな、と言ったはずだが? それとも喋れなくしてほしいのか」
 シュトロープの声は先ほどより遥かに落ち着いているようだった――だが、そこには膨大な怒りが混ぜ込まれている。
「滅びゆく者の為に、何ができるのか。何を為すべきか。もう一度よく考えるべきだ――少なくとも、私に銃を向けることではあるまい」
「公国の為に、私はいつもそうしてきた。今も例外ではない――」
 銃声。一片の躊躇も、容赦もなく。あっけない、間の抜けたような、乾いた音。ヘルシングの士官用重ノーマルスーツの胸部から、赤い液体が球状となって浮かび上がる――次々と、とめどなく。ぐらり、と彼の体が艦長席から崩れ落ちる。
「――貴様ァ!」
 ノダックの絶叫――銃を抜き放つ前に、銃口を向けられる。シュトロープの顔は、奇妙なほどに表情というものが喪失していた――いや、僅かにあがった唇と、見開かれて輝く瞳が、彼が笑っているのだということをノダックに認識させた。
「落ち着きたまえ、少佐。君も士官ならば、敗北主義者が一人死んだぐらいで取り乱してはならない」
 彼は何がおかしいのか、そう言って笑った。ノダックはそのとき初めて彼の笑顔を見た。
「さぁ少佐、行くぞ。全速前進だ」
「あんたは――」
 ノダックの言葉は、新たな銃声に遮られた。硝煙がたなびく銃口は、シュトロープの物ではなく、その背後――情勢を見守っていた電測士官の拳銃からである。
 即死だった。その顔は何かに驚いているかのようだった――まるで自分の死すら理解できないかのように。
「特務少佐殿は名誉の戦死を遂げられた、だ」
「その言葉すら、勿体無いよ……」
 艦橋で誰かがそう囁いていたが、ノダックの耳には入らない。すぐさまヘルシングの元へと駆け寄り、その身を抱き起こす。
「艦長! ヘルシング艦長!」
「……取り乱してはならない、か。彼が言った、唯一の……的を得た言葉だな」
「喋らないで下さい! 軍医を、早くしろ!」
「彼を、憎むなよ――私と彼、その罪は変わらないからな……」
 彼の声は、途切れ途切れで、掠れていた――まるで命をすり減らして喋っているかのように。
 男は最後まで、許してほしいと言って、眠りについた。
 男たちは、それに敬礼で応えることしかできなかった。
 死んだ者の為にできることは、それぐらいしかないのだ――死する者の為にできることよりも、遥かに少なく。

 

 ゲルググもまだ自分を生かしておくつもりらしい。暗いコックピットの中で、ケーニッヒは何をするでもなく、そんなことを考えていた。機体の損傷は激しく、戦闘力のその全てを失ってはいるものの、機の中枢システムはまだ生きていた。
 停船しているツェッペリンの様子は、ゲルググJの光学カメラをもってすれば簡単に捉えることが出来た。随分とツェッペリンからも離れてしまった。帰還しようと思えばできるが、一体自分はどんな顔をして戻ればいいと言うのか――死すべき時すら逸したこの俺に。
 もう俺には、何も残っていない。戦友も、帰る場所も。このまま宇宙を漂流して、ぼんやり宇宙でも眺めながら死のう。悪くない死に方じゃないか――自分にはピッタリだ。彼はそう決めた。
 彼はノーマルスーツのポケットに忍ばせたジオン・ザ・スターを手に取り、その内の一本を取り出すと、やはり忍ばせていたターボライターで火をつけた。こんなことなら、何本か艦長に煙草をもらっておくべきだった。あれを吸った後では、ジオン・ザ・スターでは満足出来るものではない。こんな時なら、なおさらだった。すぐさま生命維持装置が警告音を発し始める――もっとも、コックピット内で煙草をふかしているのだから当たり前だが。今際の一服ぐらい、許してくれたっていいじゃないか、と彼は紫煙に満たされたコックピットの中でぼんやりと思った。
 ノイズ混じりの通信が流れ出したのは、その時だった。
『……諸君、ツェッペリンおよびヘルシング艦隊の将兵諸君、私は、私は副長、リッター・ノダックだ』
 ケーニッヒはそれを聞き、彼の声がひどく重く、ためらいがちなのに気がついた。
『辛い知らせだ。私も、伝えるのがとても、辛い』
 降伏を伝達するのだろう。だが、その役目は本来ならば艦長がするべき仕事であり、その義務から彼が逃れるようなことはしないだろう。ならば、なぜ副長が?
『遺憾ながら――遺憾ながら……』
 ノダックは声を詰まらせる。ケーニッヒはその身を強張らせる――これは、もっと酷い何かだ。彼はゆっくりと、喋り始めた。
『ヘルシング艦長は、たった今、逝去なされた』
「――なんだって?」
 ケーニッヒは思わず声に出していた。悪い冗談だ――ツェッペリンの艦橋には被害は見られないじゃないか。ならばなぜ――。
『総帥部、シュトロープ特務少佐に撃たれ、不本意ながら……』
 今度は、言葉すら、出なかった。通信機はケーニッヒの意思を無視するかのように声を垂れ流すが、そのほとんどは彼の耳には入らない。味方に撃たれて死ぬだと? そんな馬鹿なことが、あってはならない筈だ。それも、彼のような男が――!
『――艦長の最後の言葉を、私は、諸君らに記憶通りに伝える義務がある――「彼らに伝えてくれ――彼らは私を良く助けてくれた。彼らがいなければ、私はここまで来れなかっただろう。彼らこそ、神が私に与えてくれた最高のものだ――彼らは、一艦長に授けられた、最高の船乗りだ。そして最後まで私につき従い、その身を差し出して散っていった彼ら戦友諸君。私は彼らにどれだけ感謝しているかを、不本意ながら私が彼らを見捨ててしまうことをどんなにすまなく思っているか、伝えて欲しい」これが、艦長が最後に遺した全てだ』
 ケーニッヒは、いやツェッペリンの全乗組員がそれを聞き、自分たちがどれほどあの男を愛し、敬っていたのかを知り、悲しみと怒りに狂わんばかりとなった――だが、それをぶつける相手はどこにもいない。だがそこに、ケーニッヒは含まれない。
『私たちは彼の最後の意志を継ぎ、連邦軍へと投降する。また、最後に、艦長は一つの命令を遺された――捕虜となっても、最後まで私の最高の、最愛の船乗りとして振舞え――、と』
 ケーニッヒは決意した――その怒りとともに。俺はまだ生きている。そして、まだやることがあるのだ。ゲルググも、まだ生きている。14Jは独力でも一週間、戦闘行動で無ければそれ以上の作戦行動が可能なよう、設計されている――猟兵は伊達で付けられた名ではない。何度目かの愛機への感謝。
 すぐさま煙草をもみ消し、こんなことならば、煙草なんて吸わなければ良かった、と彼は少し後悔した。コックピット内の空気は生命維持装置によって循環され、ある程度は綺麗になるが、それでも限界はある。
 全てを伝える必要がある、その決意を胸に彼は機をグラナダへと向ける。ツェッペリンに連絡を取ろうかと一瞬迷った後、それを止めた――きっと自分は、最初で最後の命令違反を犯すだろうから。ヘルシング戦闘団、ヴェルター・ケーニッヒ少尉は死んだのだ。
 償うべき者に、その罪を知ってもらう必要がある。死んだ者の為にできることは、それぐらいしかないのだ。

  


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