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滅びゆくものの為に


 

 

「レーダー波を感知。方位042、プラス9。発信源複数、出力上昇中」
 戦闘艦橋で電測員が報告する。それは、戦闘の開始を告げるような緊迫した声のようで――まさしくそのとおりだった。
「ミノフスキー粒子を戦闘濃度に」
 ヘルシングがそう告げたのと、大型汎用ディスプレイにレーダーマップが投影されたのはほぼ同時であり、それを追うようにして電測員が報告する。
「捜索レーダーに感あり。感ニ、後方にさらに敵艦続く……」
 冷静な声が増大していくレーダーに映った艦艇の数をカウントしていく。位置関係から言えば、ツェッペリンより先行している二隻が先に補足するはずだが、艦隊、あるいは戦隊旗艦としての能力が求められたチベ級はレーダー、通信といった装備はムサイに比べて上であり、チベ級の余裕のある設計を活かして改装したティベ型はさらにそれが顕著だった。しかし、それでも連邦軍はこちらを先に探知した。レーダー技術は未だ連邦軍の方に分があるらしい。
「敵艦艇総数7、距離5万8000。方位同じ」
 レーダー反射波はそのどれもがほぼ同じ規模だった。連邦軍お得意のサラミス級巡洋艦だろうとヘルシングは予想をつける。開戦当初こそ、その脆弱さから羊という蔑称がつけられた艦種だったが、宇宙世紀の戦闘――すなわちミノフスキー粒子下での有視界戦闘のノウハウを知り、それに合わせた改装とシステムの構築により今では公国軍の充分な脅威となっているサラミス級。連邦軍の不屈さと、プライドを象徴する艦艇だった。
「画像、出ます」
 最大望遠された画像が戦闘艦橋の大型汎用ディスプレイに投影される。最大望遠でも敵艦の画像はマッチの箱程度の大きさであるが、艦影の照合は充分にできた――案の定サラミス級、特徴的な艦首部のMSラッチにより4機のMS運用能力を持たせたタイプの艦であることが分かった。
 残りの一隻は横に引き伸ばしたかのような箱型の艦影をしていた。アンティータム級補助空母――コロンブス級輸送艦を改装し、MS母艦として急造した艦だ。あくまでも輸送艦を改装した艦に過ぎず、MS8機がその艦の全戦闘力だった。
 6隻のサラミス級と1隻のアンティータム級は堂々とした戦闘隊形を取り、その艦首を巡らしてこちらへ向けようとしていた。
「サラミス級だな。恐るるに足りん」
 艦長席の隣で立つシュトロープ特務少佐が言う。戦闘艦橋に残るとごねたのでそのまま居さしたが、やはりそれは間違いだったなとヘルシングは思い、彼の言葉を無視して次の命令を矢継ぎ早に下す。彼が相手をするのは今は特務ではなく、連邦軍の方だった。
 ここでヘルシングは判断を問われた。敵艦隊と正対すべきか否かである。艦隊戦のセオリーは敵と正対せよ――正対すれば敵に対して投影面積を小さくすることができ、それだけ被弾を減らすことができる。しかし、正対してしまえば敵を撃破しないかぎりは突破は不可能。両艦隊の火力はほぼ同等、もしくはこちらが少し優勢――だが、MS隊の戦力差はいかんともしがたい。
「針路そのまま。第一戦速から第三戦速へ」
「針路そのまま、第三戦速! 加速警報!」
 結局、彼は現針路を固守することに決めた――位置関係は彼らから見て連邦軍は右上方。正面突破ではなく、連邦軍艦隊を振り切ることに決めたのだった。矢継ぎ早に命令が繰り出され、戦闘艦橋は喧騒を増していく。
「モビルスーツ隊、全機発艦させろ。対空・対艦戦闘用意。各艦に命令伝達」
 すでにツェッペリンの搭載全機にパイロットが乗り込み、ジェネレータには火が、兵装は可能な限り装備されている。パイロットが今すべきことはジェネレータ出力をアイドリングからミリタリーへと引き上げ、愛機の最終チェックを手早く行うのみであった。整備員が出来ることは大きく手を振って彼らを見送るだけである。
 発進位置へと前進した隊長機のザクU改の右胸部には、縦に三分割された青白赤の三色旗、その中央に鉄十字があるシンボルマークが描かれていた。ヘルシングMS戦闘団と描かれている――正確にはヘルシング艦隊隷下MS大隊だが、愛情をもってその名をシンボルマークにも使っていた。
 電磁カタパルトがザクの両足を固定する。イエロースーツのカタパルト士官が大きく手を振り上げ、そして拳を突き出した。同時にグリーンランプが点灯。どちらも発艦の合図――ザクは弾かれたように加速し、虚空が大きく口を開けたような宇宙へと飛び出していく。MSの種類こそ違うがそれが何度か繰り返され、両腕にMMP−80を装備したケーニッヒもゲルググJを駆ってその後に続いた。漆黒の宇宙に伸びる青白い光芒は、まるで鬼火――彼らの覚悟を代弁するかのようだった。

 

「距離3万5000で砲戦を開始する」
「了解。3万5000で砲戦開始。右舷上方、砲戦用意!」
 全艦が搭載機を吐き出し終わったとき、彼我の距離は刻一刻と縮まり距離4万5000を割っていた。レーダースクリーンではヘルシング戦闘団に所属する全てのMSがすでに所定の位置に展開し、敵MS隊を今や遅しと待ち構えているのが見て取れた。
 MSは艦艇に比べればはるかに小さな目標である。ミノフスキー粒子によってその本来の実力を著しく制限されたレーダーは、未だ敵MS隊を発見できずにいた。
「敵モビルスーツ! 距離1万6000。およそ20。急速接近中。防空戦闘圏まで200秒」
「ミサイル戦闘。80秒後に発射。防空戦闘圏突入で対空砲撃ち方はじめ。<ジークフリート>と<ヴァルキューレ>にも伝えろ」
「了解。7番から12番。ミサイル装填、タイプC。HEAT弾頭。諸元入力」
 ミサイル士官が艦長の命令を受けて素早く命令を下す。ティベ型には計20門のミサイル発射管が搭載されており、その内の8門は艦首部に搭載された対艦大型ミサイル発射管である。残りの12門は甲板に埋め込まれるように設置された多目的ミサイルセルであり、対MS、対航宙機、対ミサイル戦闘を担っている。
 7番から12番は艦体右舷部に搭載されている。今それに装填されたC型ミサイルは、対MS戦闘用のセミ・アクティブ・ホーミング方式の中型ミサイルである。HEAT弾頭を用いれば一撃でMSを撃破する威力があるが、ミノフスキー粒子下ではその命中率はあまり期待できるものではない。
「何を考えている! なぜ我が方のモビルスーツ隊を迎撃に充てない! それに、なぜ今すぐミサイル発射を行わないのか! サボタージュか、ヘルシング大佐!」
「特務少佐、前にも言ったはずですが、あなたに艦隊指揮を行う権限はないはずだが」
 微笑すら伴いそうな表情で言い放ったヘルシングだが、そこには有無を言わさぬ迫力が――長年指揮官を務めてきた者だけが持ち得る迫力が込められていた。
「敵艦隊との距離は?」
「4万2000です、艦長」
 ヘルシングが下した80秒は永遠とも思える時間となった。レーダースクリーンに映し出されたMSの機影は徐々に鮮明となっていき、大まかにではあるが機数、編隊の形が分かるようになってきていた。敵機は3つの編隊に別れ、対艦攻撃態勢を取っている。一つの編隊のMSの数を二個小隊、8機と考えれば、敵機の数は24機――分が悪いどころでは無かった。絶望的な状況と言ってもいいだろう。質も量も劣るこちらのMS隊がまともにぶつかれば、早々に壊滅してしまう――しかし、まともにやる気は毛頭無いのがヘルシングであった。
「7、8、9番発射! 続いて10から12番、発射!」
 もっとも前方に位置した<ヴァルキューレ>が同様のミサイルを発射し、それに少し遅れて<グラーフ・ツェッペリン>、<ジークフリート>が続く。三艦合わせて16発のC型ミサイルが発射された。その内5発はミノフスキー粒子によって艦からのレーダー反射波を捉えられず、ただ直進を行う飛翔体となった。レーダー反射波を捉えて連邦軍MS隊に向かったのは11発。それらは各個に指示された目標へと突進するが、チャフの散布による欺瞞を突破できる性能も、MSの複雑な機動に追従できる性能も持ってはいなかった。それらを潜り抜けて命中したミサイルは僅かに二発。一発は防御に構えたシールドを吹き飛ばしたに過ぎなかった。残る一発はジムへと突き刺さるように直撃。爆発の威力を一転に集中させた対MS用成形炸薬弾頭はその正面装甲を貫通、これを完全に撃破した。16発のミサイルの内、二発が命中したのは幸運と言えよう――当てられたパイロットにとっては不運だったが。
「命中2、内一機の撃墜を確認」
「敵編隊、防空戦闘圏へと突入!」
「対空戦闘はじめ。高射長、近接信管だ」
「撃墜は狙えませんが」
 宇宙艦艇の対MS戦闘では、対空砲のような小口径の砲がMSのような重装甲を持つ機動兵器を狙う場合、徹甲弾を用いるのが普通である。命中率は格段に下がるが、通常の対空戦闘に用いられる近接信管ではMSの装甲を貫くのは不可能だからであった。
「構わん。徹甲弾じゃ当たらんよ。とにかく近づけず、態勢を整えさせなければそれでいい」
「了解! 対空戦闘はじめ。信管VT。レーダー、光学複合射撃。高射長より各砲座、撃ち方はじめ」
 ミサイルの脅威が去った後、MS隊を襲ったのは宇宙空間そのものが火を吹いたかのような濃密な対空砲火だった。ミサイルを回避するために編隊を崩したMS隊は、127ミリや155ミリの対空砲による統制された集中砲火を浴びることとなった。ミサイル攻撃は敵機の撃墜を狙ったわけではなかったのだ。
 近接信管の効果により対空砲火はパイロット達にとって異常なほど強力なものとして映った。ディスプレイ一杯に尾を曳く曵光弾とその炸裂が爆炎と共に広がる。しかし、見た目ほどの効果は挙げられない――炸裂した破片はMSの装甲に突き刺さるのみである。僅かに数機が火器を失ったり、メインスラスターノズルを切り裂かれはしたが、それ以上の損害は出なかった。
 対空砲火ではMS隊の組織的対艦攻撃を止めることはできない――それを公国軍は戦果として、連邦軍は教訓として知っていた。艦艇の対空砲火のみで叩き落とせるならば、MSは戦場の王者となり得ていない。敵機はいくらか速度を落としながらも前進を続け、踊るような回避運動をしながらも距離を詰めていく。彼らの目標はもっとも近い位置に位置する<ヴァルキューレ>だった。まずは外堀から埋める――戦力で勝る連邦軍にはその余裕があった。
「艦長! このままでは<ヴァルキューレ>が危険ですが」
「分かっている、ノダック。モビルスーツ隊が<ヴァルキューレ>から4000の距離になったら報告しろ。こちらのモビルスーツ隊はきちんと所定の位置にいるな?」
「え、ええ――ご命令どおりの位置で待機させております」
「ならば、何も問題はない」
 状況は控えめに言っても絶望だった――少なくとも、ノダックにはそう思える。両艦隊の火力が互角というのが唯一の希望だが、主砲が火を吹く前にMSの攻撃により我が艦隊は壊滅してしまうだろう。彼らはすでにこちらの死のレンジに突入しつつあり、我が方のMS隊をただぶつけても易々と突破されるのは明白。せめてはじめからMSを投入し、ある程度敵の数を減らしてから対空戦闘に移れば被害を抑えられ、<リボー>までの距離を少しは稼げただろう。だがヘルシングはそうはしなかった。
 ヘルシングはこれまでも冷静さを失わず、的確な命令を下す指揮官だったが、それにしてもこの冷静さはなんだろうか――ノダックは思う。まるで、自暴自棄の果ての、全てをあきらめたかのような冷静さではないか、と。
「<ヴァルキューレ>まで、残り5000!」
 電測員が緊張を増した声で言う。すでに機関砲までもが対空戦闘に参加していた――懐に入られたも同然の距離。
「4500!」
 轟然と無音の宇宙で吼える対空砲は、もはや漆黒の宇宙空間に曵光弾による彩りを加える以上の効果は果たしていない。
「4300!」
 ヘルシングは動かない。編隊は崩れたが二機の小編隊となって組みなおされ、編隊間を広く取って回避運動を取りやすくしていた。
「4100!」
 MSの最大有効射程は火器にもよるがおよそ3000――そこまで入り込まれることは、艦艇にとっては死を意味していた。
「――4000!」
「全対空砲、撃ち方止め。10秒後に再開。」
 10秒間、僅かに10秒間でもこの状況で対空砲火を放つことを止めるのことは、自殺を意味していた。なんの脅威もない10秒間は、MSがどれほど接近しやすく、絶大な攻撃力を持たせることか!
「大佐! 貴様――」
「モビルスーツ隊に通達、出番だ。対艦攻撃仕様の機を優先して攻撃させろ」
 またも声を上げたのはシュトロープだった。それを遮って、ヘルシングは力強い声で命令を下した。
 ノダックは先ほどの考えを改める事になった。彼はあきらめているのではない――この状況にあっても"いつも通り"、責務を果たそうとしているだけなのだ。

 

『出番だぞ、諸君――優先は対艦攻撃仕様の機。長筒持ちか、砲担ぎを狙え、いいな?』
『このまま出番無しで幕引きかと思いましたぜ』『随分待たされた』『主役は遅れてやってくるってね』『お人形さん達は任せましたよ』『教育してやりましょう』
 じっとその巨体を潜め、彼らは待っていた――号令を、出番を。囁きだした口々には興奮と冷静が同居している。
『各機、全兵装使用自由!――突撃!』
 彼らは踊りだした。彼らは襲いかかった。

 彼らは訝しんだ。
 すでにこちらは全ての火器を射程距離に収めようというときに、なぜ彼らは対空砲火を一斉に止めたのか。今までMSを見ていないが、彼らにはもう一機のMSとて残っていないのか――降伏でもするつもりなのだろうか。そうはいかない――もう遅い、もうあと10秒足らずで有効射程距離にたどり着くと戦術コンピューターは告げていた。その10秒間はこちらに勝利を、彼らに敗北を与えるだろう。
 量産型ガンキャノンが肩の240ミリキャノン砲を引き出す。何機かのジム・コマンドがバズーカを構える。残りのジム・コマンド、あるいはジム・スナイパーUは沈黙した対空火器を掃討しようと散開する。安全装置は外され、トリガーに指がかけられる。死は整えられた。
 彼らは確信していた。

 その確信は、ほんの数秒で崩れ去ることなった。なんの脅威もない10秒間は、連邦軍MS隊にとって勝利を与えてはくれなかった。彼らに与えられたのは損害と混乱だけだった。
 ヘルシング戦闘団は連邦軍MS隊へと、その本来の役割を果たすべく襲いかかった。公国軍MS隊はその身を寄せ合って<ヴァルキューレ>の艦底部に潜み、好機と獲物を待ちうけていたのだ。<ヴァルキューレ>の右舷上方より接近した連邦艦隊、及びMS隊のレーダー波や、アイカメラは彼女の巨体の下に隠されたガンメタルの爪と牙を警告してはくれなかった。
 彼らは厚い装甲と大火力、そして瞬発力を持ったリック・ドムUを先頭に押し立てて突撃する。それにザクU改、ケーニッヒの駆るゲルググJが続く。
 今まさに艦隊へと全戦力をもって攻撃せんとする連邦軍には、彼らの機動にまったく対応できなかった。連邦軍パイロットらから見れば、モノアイのMS達は降って沸いたかのような、それほど唐突な、予想外の攻撃だった。
 全開にされたスラスターから伸びる光と、曵光弾の尾を曳く光が短く伸びる。半呼吸ほど置いて、閃光と爆発が続いた。5機のドムUはさながら急降下爆撃のように加速、無防備な――あるいは戸惑っているかのようなジムや、ガンキャノンへとほとんどすれ違いざまに攻撃を行ったのだ――ジャイアント・バズや、シュツルム・ファウストでもって。どちらもMSを一撃で撃破、あるいは致命的な損害を負わせられる火器である。
 連邦軍部隊は完全に戦術的奇襲を受けた――2機のMSが撃破墜され、1機が戦闘続行不能、2機が修復の意味をなさないほどの損傷を受けた。何人かの反応の早い、ベテランパイロットが怒号を発し、状況を把握しようと、あるいは飛びぬけて行ったドムに追いすがろうとした――しかし、彼らは2機1組となった公国軍MS隊に行く手を阻まれる。彼らは散開していた連邦部隊に対し、極局所的な数的優勢を得ている。2機のザクU、あるいはザクUとゲルググJのツーマンセルは、彼らに対し無駄のない、精確な攻撃を行った――狙いを1機に絞り、1機が攻撃、ペアの1機が周りを牽制するといった攻撃である。たちまち2機のジムが90ミリで蜂の巣にされて火を吹いた。
 ほんの何十秒か前、連邦軍が攻撃態勢を整えた時点で26機であったMS隊が、僅か10秒足らずで7機ものMSを一瞬にして失った。損傷を受けた機もほぼ同数。なんの脅威もない10秒間は、MSにとって確かに絶大な攻撃力を持たせた――もっとも、公国軍側にであるが。ヘルシング戦闘団が充分離れる、あるいはドッグファイトに突入したことを確認して、対空砲火は再び鉄火を撒き散らし始める――極近距離で集中砲火を浴びれば、MSとてただではすまなかった。炸裂する破片と40ミリ徹甲弾でも、容易にMSをぼろ雑巾のような姿に変えてしまう――ゴーグルアイのMSは一機、また一機と火線に絡めと
られていった。

 

 MMP−80から連射された90ミリは曵光弾の短い軌跡を残してジム・コマンドのイングニシアホワイトとマルーンレッドの装甲にほぼ全てが命中。いくらジムの装甲が厚いとは言え、至近距離からの高速徹甲榴弾の連打に耐えられはしなかった。ジムは全身の装甲を撃ち砕かれ、その破片を撒き散らしながら火を吹きだした。ケーニッヒはその戦果を横目で確認する。ゲルググのモノアイと一体化した視線はすでに撃破したジムから外され、辺りを油断なく見回していた。
 彼は自分の置かれた状況を良く分かっていた。すでにMSの性能で勝っていた素晴らしい時代は終わりを告げ、不屈の連邦軍パイロットは経験を積んで恐るべき敵となっている。さらには彼我の機体数の差――絶望的な状況をひっくり返すためには、無茶をしなければならないことを。
 ヘルシング戦闘団にとっての戦闘は、MSとの戦いではない――時間との戦いだった。連邦軍が混乱してくれている時間は貴重で、かけがえの無いものだ。その短い時間の間にできる限りの損害を与えられなければ、物量に圧死させられる事となる。
 彼は良く分かっていた。ゆえに彼は鋭く命令を下す。
「フリッツ、あそこでぼんやり飛んでいるジムにお見舞いしてやれ! 援護してやる」
『了解――!』
 ペアを組んだザクU改パイロット、フリッツ一等兵の声は未だ少年のそれである。もっとも、ケーニッヒとて対した年の違いがあるわけではなかったが。彼はケーニッヒの命令どおり攻撃を行った。マシンガンを連射しすぎのようにもケーニッヒには思えたが、ジムの反応が遅れたために多数が命中。コックピットを撃ち抜かれ沈黙する。
『フリッツ、1機撃破――初撃墜!』
「よし、よくやった。次は女だな。今度の休暇には奢ってやるぞ、フリッツ」
 どんな状況でも冗談を楽しむ余裕がケーニッヒにはあった。いや、むしろそれだけの余裕を常に持っていたから、彼はエースになったのだ。冗談を言いながらも、彼は警戒を解かず、牽制に短い射撃を放つ。
『来ますよっ! 敵機2時上方、ジム2機!』
「くそ、思ったより立ち直りが早い――行くぞ、ついて来い!」
 ケーニッヒは、少なくとも彼は守ろうと密かに誓っていた――列機を、戦友を失うのは、もうごめんだ。

 

 連邦軍が攻撃を受けたショックから立ち上がるのに大した時間は要らなかった。彼らとて、もはや素人ではないのだ――彼らには圧倒的劣勢の戦局を挽回したという自負心と不屈の心を持っていた。散開した部隊を素早く立て直す。ガンキャノンや重武装機は編隊を堅く組みなおす。戦闘の序章は終わりを告げた。
 艦の対空砲火は誤射を避けるために最小限に絞られ、最強の機動兵器同士が存分に高速戦闘を楽しむ舞台が整えられた。
 強硬に<ヴァルキューレ>に対する攻撃を行おうとしたジムが、激突するかのごとく接近したザクのヒートホークにハイパー・バズーカの砲身を切り落とされる。
 列機を援護しようと無理な機動を行ったザクが、その背後からマシンガンの猛烈な射弾を受けて崩れ落ちる。
 戦列を整えたガンキャノンが、同じように戦列を整えたドムの編隊に蹂躙される。
 お互いの機動が幾重にも交錯し絡み合うような猛烈なドッグファイトの末に、ジムがヒートホークの致命的な一撃を受けて崩れ落ちる。
 高速性を活かし一撃離脱を繰り返していたドムがついに包囲され、何条ものメガ粒子ビームに貫かれる。
 戦闘は激しさを増し、加速していく。公国軍パイロットらは作戦目的――<リボー>コロニーの破壊のために戦っているわけではなかった。連邦軍パイロットにしても<リボー>を守るという使命に燃えていたわけではない。すでに作戦を完遂しても戦争の帰趨に変化が訪れるわけではない――それは両者共に分かっていた。ならばなぜ、彼らはこれほどまでに熱狂的に戦っているのか――今、彼らは命令と、そしてとりわけ戦友のために闘っていた。

 

 MS隊は勇戦していた。数に勝る連邦軍機と互角に戦闘を繰り広げているのだ――それを勇戦と言わずして何と言おう。いまだアトバンテージを取り戻せない連邦軍は、ヘルシング戦闘団によって艦隊の懐から押し出されていた。なんとか突破しようとする連邦軍だが、鬼気迫る勢いで戦う戦闘団の気迫と、突破したとしても濃密に打ち上げられる対空砲が彼らを押しとどめていた。
「すごい――」
 思わず驚嘆の声をあげたのはノダックである。指揮次第で部隊の戦力は増減する――士官学校で叩きこまれた戦術の初歩の初歩だが、艦長はこの状況でも見事にそれを実践している。
「悪くないってところだ。さっさと両手を挙げて降伏するほど私は性格が良くないし、やけくその突撃をさせるほど愚か者ではない」
「一番性質が悪い手合いですな」
「まったくだ。ろくな死に方をしないだろう」
 ヘルシングは苦笑混じりにそう言った。
「敵艦隊加速! 距離3万9000にまで縮まる!」
「やつら、焦り始めたぞ――<リボー>までの距離は?」
「距離、約30万ってところです」
「まだまだ遠いな。結局、やつらを突破せんことには、とてもじゃないがミサイルは撃てんな」
「渡されたのがたったの2発、それも旧式の核弾頭ですからね。せめて20発もあれば一発ぐらいは迎撃をすり抜けてくれるでしょうが」
 敵艦隊は、未だ遠い<リボー>とこちらを結ぶ線上に、立ちふさがるように布陣していた。ミサイルが射線上に位置した彼らの迎撃を突破できるとは思えなかった。
「ないものねだりは良くないな。どうせ、ほとんど何もないんだ」
 ヘルシングはそう言うと、また笑った。まるで状況を楽しんでいるようではないか、とノダックは思った。
 <グラーフ・ツェッペリン>に最初の命中弾が命中したのはその時だった。MS隊を突破し、対空砲火も掻い潜ったガンキャノンは、僚機を失い、全身に命中弾を浴びながらも両肩のキャノン砲を発射した。高初速をもって右舷前部甲板に命中した二発の240ミリ徹甲榴弾は装甲を完全に貫通。着弾の振動で艦が揺れる。
 命中箇所には弾頭の倍近い50センチほどの破孔が二つ、めくれ上がって開いている。飛び込んだ徹甲榴弾は内部でその威力を炸裂させた。爆圧が兵員室ごと兵一人を宇宙へと吹き飛ばし、破片が四方八方に恐るべき威力を持って撒き散らされる。
「各部被害報告」
「右舷第二兵員室損壊。負傷2、行方不明1。火災なし。他、損傷なし。戦闘可能」
 ガンキャノンはすぐさま離脱しようとするが、砲撃の反動を上手く機動につなげられず、対空砲の集中砲火を浴びる――さらに、母艦の危機と見てとったケーニッヒのゲルググが対空砲の誤射も恐れずに突撃。ほぼ零距離で両腕のMMPを連射。全火力を至近距離で叩き込まれたガンキャノンは、その全機能をパイロットの生命と共に停止した。彼のゲルググにも幾多の被弾の跡が痛ましい、だが健在ぶりをアピールするかのように軽く艦橋へと手を振ったゲルググは、すぐさま猛烈な機動を再開して戦闘空域へと再突入していった。
 小さくため息をついたヘルシングは、何事もなかったかのように尋ねた。
「敵艦隊までの距離は?」
「3万6000を割っています。5000まであと僅か!」
「砲術長、準備はよろしいな? 第一射と同時に加速をかける。二射目はそのつもりで計算しておけ」
「了解。射撃準備はすでに完了しています。敵、先頭艦はサラミス級。距離3万5000」
 砲術長はあえてそう報告した。普段ならば省略される、儀式めいた、定められた手順。
 艦首に搭載された三連装メガ粒子砲が身じろぎするかのように僅かに砲身を震わせる。敵艦隊の概略位置に向けられていた砲身が、射撃データが指し示す位置――砲撃位置へと指向されたのだ。
「砲術長、撃ち方はじめ。目標は敵の一番艦」
「――撃ち方はじめ!」
 その言葉を待っていたと言わんばかりに、主砲長が「フォイア!」と叫び、砲手が引き金を引き絞る。戦闘艦橋に投影されているディスプレイの一つ――第一艦橋からの視点を写したものだ――が閃光で満たされる。
 縮退と融合が繰り返されて発生したメガ粒子は、砲身内の加速リングと収束リングを駆け上がり、圧倒的な破壊力を持ったメガ粒子ビームを撃ち放った。<グラーフ・ツェッペリン>の前部に搭載された三連装砲塔から長い尾を曳き、一直線に光の矢が伸びていく。それに<ジークフリート>と<ヴァルキューレ>のニ連装二基、計四門のメガ粒子砲が続いた。
 ディスプレイには敵艦隊の望遠映像が投影され、着弾までの予想時間が気の狂ったような速さで減っていく。体を震わす快感にも似た鳴動もなく、稲妻のような轟音や、黒煙もない。ただそこには閃光があるだけだ。宇宙そのもののような、冷たい戦争。そういう戦争を彼らはやってきたのだった。ヘルシング艦隊が放った7本のビームは、そのどれもが目標から外れ、遥か虚空へと突き進んで行った。
「全艦に砲戦回避運動を許可。総員対ショック・対加速防御用意。噴射30秒、第四戦速まで持っていけ」
 矢継ぎ早にヘルシングは命令を下す。メガ粒子砲の登場は宇宙空間での艦隊戦のやり方に大きな変化をもたらしている。超高速で突き進むメガ粒子ビームと高度な射撃計算コンピュータは、艦に回避運動を強要した。同じ針路、同じ速度で進んでいれば、ミノフスキー粒子下でも僅か数射で射撃データを更新、捉えられてしまうのだ。
「敵艦発砲!」
 ほぼ同時に連邦軍艦隊も艦砲射撃を開始した。彼らはアンティータム級を後方に下がらせ、二列の単縦陣を組んでいた。先頭は二連装砲塔を装備した火力増強型のサラミスのようだ。
 砲火はやはり彼らから見て最前面の<ヴァルキューレ>に集中した。二隻の火力増強型サラミス、一艦当たり4門、計8門のメガ粒子砲が火を噴き、<ヴァルキューレ>の狭い前後左右を包み込む――夾叉だ。このまま射撃を受ければ命中してしまうことを意味している。
「初弾から夾叉を出してきますか。いい腕をしていますね」
「言ってる場合か。<ヴァルキューレ>には回避運動に集中しろと伝えろ」
 <グラーフ・ツェッペリン>にもメガ粒子ビームが降り注ぐが、いずれも距離は遠い。
「第二射、撃てぇ!」
 彼女は第一射で得られたデータをもとに射撃データを修正。再び閃光がきらめいた。が、やはり遠い。射撃データを修正すると言っても、こちらは加速し、連邦艦隊も回避運動を取っているために満足な修正が行えるわけではない。さらに、指向している砲が前部一基しかないのも修正を難しくしていた。
「取り舵40度。三射目まで舵そのまま」
「取り舵40、よーそろー!」
 加速と減速、変針を繰り返し、敵の射撃を読み、ギリギリのラインで機動を行う。敵の射撃のタイミングを読み間違えれば即座に被弾し、あまり長い間同じ機動をしていればそこを狙われ、逆に過度の機動は推進剤の消費を莫大なものにしてしまう。一発の被弾が致命的な損害となることも多く、回避運動は慎重かつ大胆なものが求められる。
 宇宙での艦隊戦は砲戦と言うよりも機動戦だ。艦隊の規模が小さければ小さいほどその傾向ははっきりする。そして、それならば艦隊の戦闘力の優劣をつけるのは艦の性能ではなく、艦長の能力に由来するものとなる。
「<ヴァルキューレ>に至近弾!」
 メガ粒子砲の光芒が彼女の脇を掠め、収束し切れなかったメガ粒子が装甲表面に細かい破孔を開けていく。もう少し機動が遅れていたならば直撃していただろう。
「A,B砲塔、主砲斉発! 第三射、てぇ!」
「スラスター全開。急ぎ舵戻せ」
 大角度で舵を切ったツェッペリンはほぼ横腹を敵艦隊に見せる形となっている。後部砲塔が旋回し、ツェッペリンは敵艦隊へとその全力をもって射撃を行った。彼女が放った6発のビームは先頭のサラミスを挟み込むように飛びぬけ、至近弾となる。
 すぐさま旋回用の艦首と艦尾のスラスターが噴射し、投影面積を小さくしようとするが、それよりも早く敵のメガ粒子ビームが降り注いだ。4発の内の1発が艦尾を掠めていった。
「ミサイル群をキャッチ! 数、およそ20。後方にさらに20続く!」
「面舵一杯――艦とミサイルを正対させろ。第二戦速に減速。対ミサイル戦闘、ハードキルおよびソフトキル用意」
「カウンターミサイル発射! 全CIWSをミサイル迎撃に割り当てろ。デコイ、チャフ射出用意!」
「カウンターミサイル、1番から6番まで発射! 次発装填中」
 戦闘が激しさを増していくように、戦闘艦橋でも命令と報告が激しさを増して飛び交う。
 対艦用の大型ミサイルは破壊力以上に大型ゆえの命中率が恐れられる兵器だ。大型のために探知機器が優れているのだ。ヘルシング艦隊が対ミサイル戦闘に忙殺されている間にもサラミスのメガ粒子砲は次々と放たれ、彼らに回避運動を強要する。
「CIWSの迎撃を前面に集中させろ。道を閉じさせるなよ」
「<ヴァルキューレ>、前面に出ます! 機動合わせますか?」
「くそっ、そうしてくれ」
 素早く単縦陣を組んだ三隻は出来る限り正面への投影面積を少なくし、被弾を避けようと機動を開始する。
 連邦軍はメガ粒子砲で機動を制限し、ミサイルの命中を確実なものにしようとしていた。しかし、ヘルシング艦隊は見事と言うほかない、縫うような機動で襲いかかるビームやミサイルを避けていく。
 熟練した艦長らの相互の信頼関係によって生み出される複雑な艦隊機動は、それだけで一つの兵器システムのように機能していく。だが、襲いくる弾雨をすべて避けきることなどできはしなかった。<ヴァルキューレ>に一発のメガ粒子砲が文字通り突き刺さる。
「<ヴァルキューレ>に命中弾!」
 誰もが彼女の最後を思い描いた――だが、彼女は持ちこたえた。その身を貫く激痛に怒り狂うかのように二基の主砲を斉射する。
「<ヴァルキューレ>より入電。全戦闘力、未だ発揮可能。本艦戦闘に支障なし、とのことです」
「針路そのまま、対艦ミサイル連続発射」
 艦首のミサイル発射管から、連邦軍とほぼ同様な大型対艦ミサイルが一斉に射出された。無論それに二隻が続く。

 

 状況は混乱の極みにあった曳光弾とメガ粒子ビームが無数に飛び交い、幾重にも噴射炎の軌跡が絡み合うその空間――文字通り、魔女の大釜の中のような光景だった。死の弾丸が煌き、死の華が次々に咲いていく。未だケーニッヒはその中心で踊り続け、列機であるフリッツはそれについていくのがやっとだが、なんとか飛び続けている。
 二機とも、損傷が目立っていた。ケーニッヒのゲルググは左腕のマシンガンを吹き飛ばされ、さらに機体各所には弾痕が数え切れぬほどに刻まれている。フリッツのザクに至っては左腕そのものがなくなり、シールドやあちこちの装甲が歪な形に曲げられていた。
「ザイドリッツ3、左にブレークしろ!」
 ディスプレイの隅に見えた光景に、思わず叫んだケーニッヒはすぐさまスロットルペダルを踏み込むと、敵機に追撃されているザイドリッツ3――<ジークフリート>所属のリック・ドムUを援護すべく行動を開始した。
『すまんな、援護を頼む!――くそっ、こいつ!』
 本来ならばすぐさま僚機による支援が入るはずだが、どうやら彼の列機は敵に食われてしまったらしい。
「フリッツ、ついて来い!」
『了解!』
 ゲルググはケーニッヒの操縦に的確に反応し、スラスターノズルからは青白い噴射炎がさらに伸びる。フリッツのザクがそれに続く。
 ザイドリッツ3はケーニッヒの言うとおりに左へと急旋回、加速力を活かして敵機との距離を開けようとするが、ドムの動きは焦りからか、無駄な機動で運動エネルギーを失ってしまい、思うような加速が得られない。それに対し、彼を追うジムスナイパーUの動きは滑らかで、無駄のない動きで着実に間合いを詰めていく。時折織り交ぜられる正確な射撃がドムの機動をさらに追い込む。
「くそっ、ライフルがあれば――!」
 一直線に加速したケーニッヒはジムをサイトに納めるが、未だ距離が遠い――マシンガンでは充分な効果は得られない。射撃を行うが、牽制程度だ。敵機はドムを深追いしようとはせずに、新たな獲物に狙いを定めたかのようにゲルググへと機体を向け、手持ちのビームライフルを放つ。
「フリッツ、俺のケツを守ってくれ。あいつとダンスする――くれぐれも俺のケツにキスしてくれるなよ!」
『生憎そんな趣味じゃないんですがね――了解!』
 ケーニッヒは未だフリッツと飛び続けていた。彼に自分の後ろを守らせ、ドッグファイトのための安全を確保した。敵機の得物はライフル――ならば、距離をつめなければなすすべもなく落とされてしまう――。
 ビームライフルの火線を最小限の機動でかいくぐり、僅かな隙間を飛びぬけるケーニッヒ。敵機はビームライフルを放つ一瞬だけ機体を無駄のない動きで反転させ、射撃を終えればまた反転。スラスターを全開にして距離を取るということを繰り返していた。機動力は互角。彼我の距離は思うように縮まらない。
「――ッ!」
 敵機が反転、ライフルを構える少し前、そのタイミングを見計らってケーニッヒはさらに加速した。慌てて放たれたビームを掠めるように回避。ターゲット・イン・サイト――トリガーを引き絞る。90ミリが猛烈な勢いで吐き出される。反動すらもコントロールする正確な射撃。
 ジムのパイロットも伊達にスナイパーUを与えられていたわけではなかった。回避された瞬間、すぐさま不利を悟ってシールドでその身を守り、ライフルを捨てた右手では接近戦に備えてサーベルを抜き放っている。
 だが、ケーニッヒはそれを凌駕する。ゲルググも左腕にサーベルを握らせる。ジムがサーベルを振るう。ケーニッヒは急減速――軌跡を残して宙を斬るジムのビームサーベル。さらに斬撃を放とうと振りかぶるジムを、何発ものビームが貫いた――ゲルググJの左腕に搭載されたビーム・スポットガンが火を噴いたのだ――彼が抜き放ったサーベルはフェイントであった。彼を次に襲ったのはフリッツの悲鳴のような報告だった。
『新手です!』
「くそっ、息つく暇もない――」
 双方のMS隊は文字通り弾雨の中での戦闘を余儀なくされた。大口径メガ粒子砲が飛びぬけ、ミサイルが乱舞し、大小の対空砲弾が炸裂する。機関砲は狂ったかのような勢いで連続で火を吐き続けている――彼らは多種多様の致死性の弾丸に満たされたその空間を縦横無尽に駆け抜け、命をすり減らして死のためのダンスを踊り続ける。

 

 戦闘は絶頂を迎えようとしていた――両艦隊ともほぼ全速で突進し、その主砲を放ち合い、複雑な機動で彩られる戦闘。距離は縮まり、射撃の精度は増していく。それに反比例して回避運動の猶予は減っていく。両艦隊が比較的小規模、高速発揮が戦闘のテンポアップに拍車をかけていた。
 戦況はほぼ互角で進んでいた。ヘルシング艦隊の艦長誰もが開戦以来、あるいは戦争初期から艦隊勤務のベテランだったことが、この状況にもかかわらず戦闘を互角に進められていたのだ。
 熟練した艦長に指揮された艦の動きというのは、切れの良い、鮮やかな機動をする。その慎重かつ大胆な艦の動きは戦場で安全かつ、一方では厄介極まりない存在とする。ヘルシングの指揮する<グラーフ・ツェッペリン>はその好例であった。
 旗艦<グラーフ・ツェッペリン>には何発かの命中弾をもらっていたが未だ致命的な直撃弾はなく、彼女を狙った砲火はそのことごとくを掠めるような機動で回避された。まるで翻弄するような機動――相対したサラミス級の艦長はその機動に畏怖すら覚えた。
 <ジークフリート>もやはり目立った損傷はなかった。全身に浴びた至近弾とミサイルの破片が、モスグリーンの艦体に無数の傷をつけていた。また、彼女の二基の主砲は敵艦を捉え、一隻を戦列から落伍させている。
 もっとも損傷が激しいのは矢面に立っていた<ヴァルキューレ>だった。一隻を撃沈する戦果を挙げているが、その損傷は無視できないレベル――いや、満身創痍と言って良いだろう。先ほどの直撃弾を耐えたとは言え、ダメージがないわけではない。さらに、後方へ下がれという命令を頑なに拒否したために損害は拡大し続けているのだ。
 戦闘の絶頂は、あるいは彼女らの戦闘の絶頂と――いや、この戦闘における公国軍の絶頂とも言っていいだろう。つまり、彼ら、彼女らの時間は終わりを告げたのだ――素晴らしき、あるいは苦難の時間が。
 すべての責務からの、すべての苦難からの開放を告げる時間は、差し迫っていた。その意志を問わずに。

 

 破滅の時間は訪れようとしていた。MS隊隊長――名をヴィンターと言ったが、ベテランの域に達していた彼は与えられたリック・ドムUを部下に譲り、慣れ親しんだザクU、その最終発展型であるタイプFZを駆って戦場を疾駆していた。
 MS−06FZ、一年戦争の傑作機、ザクUの最終発展型であり、幾多の改良が施され初期型とはその外見以外はほぼ別機と言っても良かったが、それでも装甲厚は初期型から対した変化はなく、指摘され続けた防御力の低さと、対弾性の無さはついに改善されることはなかった――それがザクという機種の限界だったのだ。そして、その防御力の低さがヴィンターが撃破される要因となったのだった。
 彼が未だザクに乗っていたのはザクという機種への愛着以外の何者でもなかったが、それ故に彼はザクの活かし方を知っていた。ザクUの小回りの良さを存分に活かし、彼は性能で勝る連邦軍機をドッグファイトに持ち込み、3機もの敵機を血祭りにあげていた。内一機はジム・スナイパーU、この時点で最強の量産型MSともいえる機種である。
 しかし、破局は唐突に訪れた。連続したドッグファイトと、幾多の被弾に機体自体がついに限界を迎えたのだった。高G旋回を終えたとき、彼の機の右腕は正常な動作を果たさなかった――つまり、右腕のバズーカを構えることができなかったのだ。疲弊しきった装甲を90ミリ弾は易々と貫いた。被弾による故障、製造品質の低下、整備不良、突発的な故障――理由はいくつも挙げることができるが、その故障が彼の死因となったことだけは間違いがなかった。
 ヴィンター機の撃破は、公国軍の限界を象徴していた。彼らの時間は終わりを告げようとしていたのだ。
 戦術的奇襲を受けるというアドバンテージを連邦軍は見事にひっくり返した――その数の暴力と、強固に構成された組織戦闘ドクトリンによって。
 ヘルシング戦闘団はその数を7機にまで減らしていた、それに対し、連邦軍は少なくともその倍以上――疲弊の見え始めたヘルシング戦闘団に、その数の差を埋めることなどできはしなかったのだ。
『くそっ! ハンス、今行く。それまで持ちこたえろ!』
『もう、いいんです少尉。僕の方は、自力でなんとかできます』
『そういうわけには――畜生、こいつら!』
『さようなら少尉。敵機をできるだけ引き付けて、艦隊への攻撃を遅らします。お元気で』
『……ヴァルハラでまた会おう、ハンス』
『ええ、ヴァルハラで』
 ヘルシング戦闘団はこの状況でもなんとか今まで2機分隊を保っていたが、連邦軍に攻め立てられてすぐさま分断されてしまう。一対二、あるいは一対三で戦う構図がそこかしこで見え始め、圧倒的不利なドッグファイトを強要された彼らを横目に、艦隊の懐へとMS隊が飛び込んでいく。
 なんとか突破を阻止しようとベテランが気を吐くが、何機ものジムに取り囲まれては思うような機動はできない。ついには無茶な機動をしたところを狙い撃たれる。散り際に一機でも多く敵機を道連れにしようと突進するが、それすらも叶わなかった。
 自機へと敵の注意を引き付けようと派手な機動を行った新兵は、その目的を果たせるほどの操縦技術を持っていなかった――つまり、すぐさま機動を捉えられて撃墜されてしまった。彼の最後の言葉は母の名でも、恋人を呼ぶ声でもなく、謝罪の言葉だった――それは一体、誰に宛てられた謝罪だったのだろうか。
 数に圧され、分断され、各個に撃破されていくヘルシング戦闘団。彼らは徐々にその数を減らしていく。誰もが状況に抗い、その最後の瞬間まで戦友を救おうと必死の想いで戦う――だが、死は、その健気な想いさえ飲み込んでいく。
 絶望的な状況は、絶望そのものへと変わろうとしていた。

  


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