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滅びゆくものの為に


 

 

「キリング、本気でアレを使う気なのか?」
 "アレ"を目一杯強調してヘルシングは言った。何とか決定を踏み留まらせようという決意が、その言葉の端々に表れていた。
「司令部の決定に、反対かね?」
 艦橋のメインディスプレイに投影された、中佐と基地司令を示す階級章をつけた男はさも当然と言った風に答えた。その声音は聞く者に金属のような冷たさを覚えさせた。
「いや……」
「お前が有能だからこそ、与えられた任務なのだ。分かっているんだろうな?」
 命令を出したキリングは中佐、そしてその命令を受けたヘルシングの階級は大佐である。よって、階級から言えばキリングは命令を出す立場ではない。だが、グラナダ基地司令という役職が彼にそれを可能にさせた。そして何よりもう一つ、ヘルシングに命令を受領させる存在があった。特務少佐、カール・シュトロープ。彼がキリングの寄越した監視役であることは誰の目にも明らかだった。
「ああ――ところで、ルーゲンス司令は?」
 彼は何気ない風を装ってキリングに尋ねた。基地司令の交代など、何も聞かされてはいない――それも一介の中佐が基地司令というのはいささか不自然すぎた。
「ああ、彼は敗北主義的発言が目立ったのでな」
 ディスプレイ一杯に広がった彼の口元が歪む。冷笑というにも、いささか歪すぎた。
「粛清させてもらった」
 やはりそういうことかとヘルシングは胸中で呟いた。粛清――つまりは殺害したのだろう。通常の軍隊ならば、断じてそのようなことが許されるはずは無い。しかし、79年12月――追い詰められ、その内なる狂気を曝け出した公国軍では許されるのだ。
 ゲオルク・フォン・ヘルシングは端的に言って優秀な艦長であり、指揮官である。開戦時に砲術科の大尉だった彼の階級は羽と星を増して今や大佐になり、旗艦である最新鋭のチベ級ティベ型高速重巡洋艦<グラーフ・ツェッペリン>とその同型艦<アドミラル・グラーフ・シュペー>、四隻の後期生産型のムサイ級軽巡洋艦<ジークフリート101>、<ブリュンヒルデ102>、<ヴァルキューレ103>、<アルベリヒ104>で構成された艦隊を指揮していた――もっとも、今の艦隊戦力は半減し三隻を残すのみだが。彼は士官学校を優秀な成績で卒業して以来ずっと宇宙艦隊勤務であり、幾度もの艦隊戦を経験
している。凄まじい損耗率の中を生き延びてきた貴重なベテランの一人だった。そして、だからこそ彼はその狂気の暴風のあおりをくらっていた。
「それでは、成功を祈っている」
 通信回線が閉じ、ディスプレイに投影されていた『基地司令』の顔が消え失せる。それと同時に、ヘルシングの胸中には苦いものが広がっていく。
「くそっ、馬鹿馬鹿しい。冗談事に付き合わされて死ぬかもしれない兵らの気持ちを考えてみろ」
 思わずそう毒づいていた。特務少佐とやらは核弾頭搬入の作業監督をしているらしい。
 『ルビコン計画』最終フェイズ、作戦秘匿名『賽は投げられた』――サイド6<リボー>コロニーに対する核攻撃。それが彼の艦隊に課せられた絶対の任務であった。
 その作戦は、狂気の沙汰であった。新型ガンダム一機の破壊のために、コロニー一基を吹き飛ばす。それも南極条約で禁止された核弾頭で! 目的から手段までも、何もかもが狂っていた――少なくともヘルシングにはそう思える。だがしかし、下手なことを言えばキリングの化身とも言える彼、シュトロープに粛清される。一片の命令書と『特務』少佐の階級。二個分隊の完全武装の憲兵が彼を特別な存在――艦長と同等、もしくは凌駕する権限を彼に与えていたのだ。
 キリングは、いつからああなってしまったのか。士官学校を同期で卒業したヘルシングは彼を良く知る一人であったが、あのような彼は、知らない。確かに彼は熱烈なザビ家信者であったが、少なくとも今の彼のように歪んではいなかった。彼は戦場に軍事的なもの以外は一切持ち込まない軍人だったが、それが今はどうだろう――。
 神々の黄昏に直面し、誰も彼もが歪んでいく――そのあおりを受けるのは兵達だ。戦争の最大の犠牲者はいつだって兵隊なのだ。ヘルシングはそのことを痛いほど理解していた――そして自分がどうすることも出来ないことも、また。
「――どうなさるのですか? 艦長」
 副艦長であるリッター・ノダック少佐がそう尋ねた。青ざめた顔をしている。幾多の戦場を共に駆けた彼がこれほどまでに衝撃を受け、動揺を露にしたのは初めてだった。無理も無い、私だって艦長という立場でなかったらこのように、とヘルシングは思った。
「どうもこうもないだろう、少佐――私たちは突撃機動軍軍人なんだぞ」
「軍人として任務を遂行する、と? 命令通り<リボー>を吹き飛ばすおつもりなんですか。一体ザビ家のやつらは何を――コロニー住民ごと新型MSを消し飛ばすなんて正気の沙汰とは」
「特務のヤツが居なくて良かったな少佐。彼らに言わせると、それは敗北主義的発言にあたることになるんだろうな」
「ザビ家の遣いは死神よりもタチが悪いですからね。特にここ最近は酷いと聞いています」
 特務というのは総帥府直属――つまりはザビ家直属を示す。任務は政治将校のそれと同等――総帥府、つまりザビ家が寄越した監視役であり、罷免から銃殺まで何でも行える権限を有していた。
「やるだけのことはやるが、やってどうしようもなければ彼らも納得するだろう」
「付き合わされる兵が可愛いそうですな」
「……まったくだよ」
「敗北主義的発言ついでにもう一つ言わせてもらえば、司令部はまともな補給もなしに任務を遂行しろと? モビルスーツ一機寄越さずに、寄越したのは核弾頭、それにあの特務と黒衣の骸骨付きの憲兵だけとは!」
 ノダックがさらに言葉を続けようとした時、件の特務少佐――カール・シュトロープが艦橋へと上ってきた。慌てて彼は口をつぐむ。

 

「艦長! 補給作業の進捗状況は順調か?」
「元々の量が少ないのでね、すぐに終わるでしょうな」
「そうか、それは重畳――何せ戦局が押し迫っている。急ぎ任務を達成し、戦局を挽回せねばな。アレの破壊には総帥にも多大な関心を寄せておられる。勲章物だぞ、大佐」
「ふむ、1000万の命と引き換えにもらえる勲章とは、一体どれほどのものでしょうな」
 シュトロープはそれを聞き眉をひそめた。不快感をあらわにして彼は言う。もっとも、同様なものをヘルシングも感じていたが――それを表に出さないだけで。
「……勲章値する戦功、という意味だよ大佐。戦争はまだまだこれからなのだぞ。あの新型が連邦に配備されていては、勝てる戦も勝てなくなる」
「戦争はまだまだこれから、ね――勲章、と言えば、サイクロプス隊には授与されるのですか? 『ルビコン計画』において多大なる貢献をした、と思いますが」
「サイクロプス隊? ああ――あのわけの分からん特殊部隊か。彼らは現に任務を失敗しているではないか。その彼らになぜ勲章をやらねばならんのだ」
 さも当然のごとく、黒衣の少佐は唇の端をゆがめて言い放つ。
「今更勲章をやることで彼らが報われるとも思えませんが、無茶な事をさせ、使うだけ使っておいて失敗すれば用無し、と。それでは余りに彼らが――」
「フンッ、生き恥を晒さなかっただけ彼らはよくやったと私は思うがね。私はいつだって大儀と理想を胸に殉じる覚悟がある。彼らだって公国軍将兵ならば同じだろう――ならば本望ではないかね。ま、元々彼らは随分と汚れ仕事もしてきたらしい。そのような部隊にやる勲章など、あると思うかね?」
(捨て駒に使っておいて、貴様――!)
「それに、特殊部隊一個、コロニー一個が今更どうだと言うのだ。我々はスペースノイドの真の開放を掴み取るのだ、そのためには必要な犠牲ではないか」
 ヘルシングの顔面から怒りによって表情が一気に消え失せる。口を開きかけたその時、割って入ってきたのはノダック少佐である。
「特務少佐殿! まだ部屋へのご案内がお済ではありませんでしたね、ご案内いたします。曹長! 案内しろ!」
「ハッ! 特務少佐殿、こちらです」
 曹長も、ノダック少佐も過剰なまでに動作がきびきびとしている。声を張り上げ、背筋は芯を入れられたかのように伸ばされている。まるで教練ムービーのようである。
「すでに我々は血塗られた道を歩んでいる――カエサルがルビコン川を渡ったときのように、最早引き返すことなどできんのだよ。私も、君もね、大佐」
 シュトロープは去り際にそれだけ言うと、艦橋を降りて行った。
「……コロニー住人の虐殺が、スペースノイドの真の開放だと? 他にやり様ぐらい、いくらでもあったろうに」
 能面のような顔で、ヘルシングが呟いた。一言ずつ、搾り出すような声で。言葉は強くないが、それでも計り知れない怒りがこもっているのがノダックには感じられた。その怒りの矛先は、自らにも向いているのだと思うと未だ30にもならない若い少佐は胸が痛くなった。
「補給作業、完了とのことです。パプワ、離れます」
「パプワより発光信号『貴艦の任務達成と武運長久を祈る』」
「あのパプワには作戦の事など何も聞かされていないのだろうな。無邪気なものだよ、まったく」
「笑えませんな」
「まったくだ」
「これからが大変ですな。今までも酷かったですが、今回は極め付きですよ」
「……まったくだよ」
 ヘルシングは制帽を深くかぶり直し、航行艦橋中央の艦長席に腰掛けた。
 公国軍人の自分、ツェッペリン艦長の自分、個人としての自分。一体どの自分が正しいのか、彼には分からなかったし、誰にも分かる筈がなかった。それでも彼は命令を下す。
「両舷前進微速、針路、サイド6へ」

 

 彼と彼らの艦、<グラーフ・ツェッペリン>は僚艦である<ジークフリート>、<ヴァルキューレ>の二艦と単縦陣を組んだ。一つ目の転換点を巡って少ししたあと、ブリーフィングが行われた。艦長と副長はもちろん、艦内各部署の責任者、モビルスーツ隊隊長、各小隊長を集めての会議である。無論、シュトロープ特務少佐も参加している。
 ヘルシングが部屋に入ると全員が起立、敬礼。軽く答礼。
「さて、諸君。我々に新たな任務が下命された。言うまでも無いだろうが、これまでと同じように『ルビコン』絡み。つまり、総帥直々の命令だ」
 言葉を区切り、揃った面々の顔をゆっくりと見渡す。皆いぶかしげな目。今更どのような内容でも驚かないとでも言いたげな目。
「任務の目的は連邦軍新型MSの破壊。艦隊はサイド6領空内へ侵入、核弾頭ミサイルでもって<リボー>コロニーごと目標を破壊する」
 沈黙。皆一様に何を馬鹿馬鹿しいと思った。だがどうやらそれが冗談ではないことに気付き呆然とした。誰も口を開くものはいなかった。彼らの胸中は痛いほどに把握できた――自分とまったく同じだろう、と。それ故に、ヘルシングはあえて何も聞かず、話を先へ進める。
「<ジークフリート>、<ヴァルキューレ>は、副長?」
「両艦とも航海、戦闘共に支障は無さそうです」
「艦の状態はどうか」
「資材が届けられたので一両日中に応急修理は完了するでしょう。それでも万全とは言えませんが、これ以上の修理はドックに入らねば不可能です」
 副長、リッター・ノダック少佐が答える。
「機関は?」
「最大戦速はとれますが、あまり快調とは言えませんな。長らくオーバーホールもしていないもので」
「兵装」
「対空砲が何基か無い以外は最大火力を発揮できますが、二番砲塔の縮退機にガタがきています。こればかりは砲塔そのものを交換しなければどうにもなりません」
「燃料、弾薬はどうなっている」
「補給を受けましたが、潤沢とはとてもじゃないが言えません。燃料はサイド6とグラナダ間を往復する量ギリギリで、激しい戦闘機動を繰り返すとすぐに底を突きます。弾薬は特にMS用の弾薬が足りていません。最大でも一交戦が限界かと」
「サイド6宙域にはどれほどかかる?」
「正確には計算せねば分かりませんが、経済速力でおよそ25日の早くには到着するでしょう」
「MS隊、状況は?」
「あまり芳しくはありません。定数を大きく割っています。予備機を動員しても実働機はドム三機、ザク二機、ゲルググ一機です。<ジークフリート>はザクが二機とドム一機、<ヴァルキューレ>にザクとドムが一機づつ――合計11機です。全艦で予備機含めて20機超だった艦隊MS戦力が半減しています」
「戦力半減、か」
「<リボー>内外の陽動作戦で随分と戦力をすり減らしてしまっています」
 それぞれ機関長、砲術長、主計長、航海長、MS隊隊長がそれぞれの部署についてを明確に答える。艦はある程度独立した作戦行動が可能な唯一の兵器システムであるが、それにも限界がある。当然、港での整備もドック入りも無く、ろくな補給もなしに長い航海と度重なる戦闘を繰り返していれば当然、様々な弊害が起きてくる。彼らの答え、そのどれもが長きに渡って作戦を続けてきた結果であり、現状であった。
「艦隊が健在、MS一個中隊の戦力があれば、作戦の実行は可能だな、艦長」
 ヘルシングが口を開きかけたとき、シュトロープが結論付けるように言った――いや、そう宣言した。
 敵の戦力も分からず、ただ戦闘が可能ということだけで作戦が実行可能とは、まったくおめでたい頭をしている――憎悪に近い感情を抱いたヘルシングだが無視して話を続ける。
「……予想される<リボー>コロニー周辺の敵戦力は?」
「前の戦闘時にコロニーの守備に就いていたのは、サラミス級二隻を中心とした戦力でした。現在はそれよりも遥かに増強されているでしょう。<リーア>政府から連邦軍へ要請が出ている筈です。また、現地の情報員からの報告によれば、ペガサス級一隻を含む艦隊が<リボー>港に入港したとのことです。連邦軍の戦力は一個機動艦隊ぐらいにはなりますな」
 ゆっくりと、まるで諭すような口調でノダック少佐が言う。
「サラミス級二隻プラス、ペガサス級一隻を含む艦隊とその艦載機群を相手取らなければならんか――あまり分が良いとは言えんな。特にMSの数にかなりの開きがありそうだな」
「三艦合わせてやっと一個中隊ですからね。客観的に判断して戦力対比は数だけでも一対三といったところです」
 客観的に判断して、という言葉をことさら強調して少佐は言う。特務の少佐が語気を荒げて口を挟む。
「一対三程度の戦力差がどうだというのか! 連邦軍の弱兵など、大儀をもって戦う我々の敵ではないだろう。数的劣勢なぞ、いくらでも覆せる!」
「しかしな、特務少佐。問題はそれだけでは無い。我々は、彼らが手ぐすね引いて待ち構えているところへ飛び込んでいかなければならないし、乗組員は連戦につぐ連戦で疲弊してきている」
「全ての公国軍将兵が今も命をつくして戦っているのだ。この作戦には公国の命運が懸かっている。多少無理してもらわなければならんのは当たり前だ」
「……それは、それは私たちが命を懸けるのに足る目標ですか」
 あらぬ方向からの言葉に、誰もが一斉に目を向ける。視線の先にはゲルググJパイロット、ヴェルター・ケーニッヒ中尉――撃墜数15機のトリプルエース。彼の胸元にはMS白兵戦章と白兵戦功章、5機撃墜を示す金色のMS撃破章が三枚、イェーガー・ドライバーを示す猟兵徽章、そして喉元のジオン鉄十字章。中尉昇進と同時に授与されたものだ。
「貴様! 総帥直々の特別任務だぞ!」
 シュトロープの激昂。
「総帥直々が何だと言うんです。新型MSとやらたかが一機の破壊のために、1000万の市民を核で吹き飛ばすのが任務と! 命令とあらば、やり遂げる覚悟はあります、しかしこのような任務に――」
「――もういい、中尉」
 ヘルシングが遮る。静かに冷徹に、有無を言わさぬ声。口を閉じるケーニッヒ。口を開こうとするシュトロープ。それよりも早く彼は続ける。
「中尉、君は自室に戻って休め。少々疲れているようだな」
「待ってください艦長! 今の発言は――」
「この艦の最高責任者は私だということを忘れるなよ、特務少佐。命令書に記載されている特別権限とやらは作戦についてのみだろう? あとで私の部屋に来い、ケーニッヒ。たっぷり絞ってやろう」
 無言で席を立ち、敬礼して部屋を出て行く若き中尉。対してシュトロープは憤怒の形相で艦長を睨んでいる。
「……この件は報告させていただく。あなたの名前も報告書には乗るぞ、ヘルシング大佐」
 そうとだけ言い放ち、特務少佐も席を立つ。敬礼はせず、肩を怒らして無言のまま部屋を出る。
「彼がサイド3に帰ったあと、報告すべき相手がいることを祈るね」
 二人を無言で見送ったあとに肩をすくめてヘルシングは言った。
「私もケーニッヒの坊主と同意見ですがね。まったくもって馬鹿げた任務ですな」
 せいせいしたといった顔をして、ノダック少佐が言った。他の面々も同じといった顔をしている。
「言うな、少佐。我らが公国も、戦争病の末期ということだ」
「戦争病、ですか。艦長も随分、病魔に蝕まれているようですな」
「それもとびきり悪性だよ――艦長という病気は。さて、それでは病状をさらに悪化させるとしようか諸君。連邦軍の防衛線を突破して、核を叩きこむための作戦を練ろうか。やれるだけ、やってみようではないか」
 諧謔溢れるヘルシングの言葉に、ノダックが返す。
「それで、出来なければ?」
「その時は勿論、両手と白旗を挙げるしかないだろうな」
 苦笑とため息。全員が艦長の意図を掴み、そしてこの艦に配属された我が身の不幸と、そして幸運を呪った。
「君たちとの付き合いも長かったが、次が最後になるかもしれんな」
「最後の瞬間まで、公国軍人としての責務を果たすまでです。私はそれで満足――この艦と艦長の下でならなおさらですな」
 ノダック少佐が微笑みながらそう言う。集まった全員が同じ気持ちだった。ヘルシングは感じた――艦長としての幸福と、そして自らの罪の重さを。

 

 言われた通り、ケーニッヒが艦長室に出向くと、彼はジオン国旗を背負ったデスクで何か書類仕事をしていた。小さく、低くクラシックが流れていた。デスクの前まで進み、直立不動の姿勢をとる。
「先ほどは申し訳ありませんでした、艦長」
「まぁいい――とは言わんが、もう少し発言には気をつけるべきだな。ま、私もほぼ同意見だがね。それに、その鉄十字章も剥奪されかねんぞ」
「どうせ士気高揚のために乱発されていますからね。構いやしませんよ」
「勲章は大事にしたほうが良いぞ――ああ、私も、といったが皆もそのようだったな。しかし、いつまでその姿勢をとっているつもりだ? 私の肩こりを悪化させる気かね」
 こってり絞られると思っていたケーニッヒは拍子抜けした思いだった。艦長はあごで椅子を指し、座るように促す。
「しかし、本当に私も同意見だよ。目的から手段まで馬鹿げた――いや、狂った作戦と言ったほうが良いか、そんな作戦に君達のような健気な若者をつき合わせねばならんとは、まったく度し難い」
「そんな、艦長の責任というわけでは」
「いや、私の――というより私たちの責任さ。私とシュトロープ、中身は何も違わないさ。ただ多少立場が違うというだけで、公国をここまで来させてしまったという点ではまったく同罪だ」
 ヘルシングがこのように雄弁に語るのは初めてだった。彼の目はケーニッヒを見るというより、その向こう側のどこかを見つめているようであり、なんの感情も現れてはいなかった。ただ行く末を見つめることしか許されていないような、そんな目をしているとケーニッヒは思った。
「多くの戦友を失くしました。ルッツも、私がついていながら……。バーニィも、もう生きてはいないでしょう」
 ルッツ少尉、彼の列機だったパイロットだ。ゲルググJ・623番機を駆っていたが、前回の戦闘で出撃したまま戻らなかった者の一人だ。
 そんな事を思い出しながら、ヘルシングは頷いた。
「ワイズマン伍長か。親しかったのだな」
「ええ、なかなか見所のあるヤツでした。鍛えてやれば、良いパイロットになったでしょう。ちょうどこれから反吐を吐くまで鍛えてやろうっていうときに、特殊部隊に補充兵として取られて……」
 何か声をかけようかとも考えたヘルシングだったが、結局彼が喋るまま、喋らせておくことに決めた。軍隊生活では、本心を思いのまま喋ることは滅多に無い贅沢だ。
「操縦は下手糞でしたけど、意地っ張りで、負けず嫌いでした。きっと一人だけで残されても、任務を遂行しようとしたでしょうね」
「そうだろうな、ああ、違いない」
「ああそれと、嘘も下手糞でしたね、ヤツは……っと、すいません。喋りすぎました」
 ヘルシングはちらりと微笑んだ後、ケーニッヒに尋ねた。
「いや、いいんだ。それより、珈琲、飲むか?」
「え? ああ、ありがとうございます。いただきます」
「おい、珈琲二つ頼む」
 兵が盆に載せたカップを二つもって来る。湯気と共に部屋中に素晴らしい香りが広がる。
「滅びゆくものの為に」
 そう言って彼は、カップを掲げた。ケーニッヒもそれに無言で応えた。
 ケーニッヒが一口すすり、ヘルシングをちらと見る。どうだ俺の珈琲はすごいだろうとでも言いたげな顔。艦長の初めて見る表情と素晴らしい味に思わず笑みがこぼれる。
「キリマンジャロ産だ。地球に良い友達が居て助かった。ま、しばらくアフリカは持つかもしれんが、俺のところまで届かんのが残念だよ。こんなことなら降下作戦に参加するべきだった」
「そういえば、今流れているこの曲はなんていう題名で?」
「バッハのコラール前奏曲、『死する者の為に』という曲だ。今の私達に、最適な曲だと思わんか」
 ヘルシングは自嘲的に笑うと一口珈琲をすすり、年代物のシガレットケースを取り出して自分も口に咥えて言う。
「一本どうだ」
「珈琲に煙草、至れりつくせりですな。無茶な任務でもくれるんですか?」
「ま、似たようなものだよ――上物だぞ。味わって吸えよ」
 受け取った一本を咥えると、心地よい芳香がする――確かに良い品らしい。艦長がやはり年代物のオイルライターで火を差し出す。彼も煙草を差し出す。彼には父がいなかった――父親というのはきっとこのような目をするのだろう、と無言で火をつけるヘルシングの目を見て思った。
 息を軽く吸い込む。支給される煙草とは比べ物にならない味気――良い小麦を使ったパンをトーストしたような香ばしさと甘さ。良質の毒が肺を満たす。気持ちが不思議なほど落ち着く。同じように紫煙を吐き出したヘルシングが自慢するように言う。
「本物のバーレイ葉とバージニア葉、それにトルコ葉を旧世紀から変わらない比率でブレンド、香ばしさを出すために最後に加熱した一品だ。なかなかお目にかかれんぞ」
「ジオン・ザ・スターがこれほど酷いものとは。これも地球のお友達から?」
「階級が上がって良かったことはこれぐらいしかないな――もっとも、こうなってしまってはどちらも手に入らんから損しかなくなるが」
 二人とも、しばし無言で静かに煙草をくゆらし、珈琲をすする。二本の煙草から立つ豊かな紫煙がヘルシングの姿を曇らす。薄靄の向こうから、唐突に彼は口を開いた。
「――公国は、私たちは負ける。新型MSを破壊しようと、どう足掻いたところで結局は
負ける――それが分かっていてなお戦い、戦わせる私は許しがたい存在だろう? 中尉?」
 名残惜しそうに彼は煙草を灰皿に押し付ける。ケーニッヒもまた、煙草を消し、珈琲を胃に流し込んだ。決然と、言い放つ。
「私は公国軍のMSパイロットです。公国のために、戦場で死ねるならば本望です」
 何度も繰り返してきた言葉――だが今この瞬間の言葉は紛れも無く本心だと断言できるだろう、と彼は思い、続ける。
「特に、艦長の指揮下で死ねるならば、まさしく本望ですよ」
「そう――そうか、すまんな中尉」
「煙草と珈琲、ご馳走様でした。ヘルシング艦長」
 ケーニッヒの敬礼、ヘルシングの答礼。無言のやり取り。
 室から出るケーニッヒを見送ったあと、彼はもう一本煙草に火をつけた。
『なんとむなしいことか、我らが人生はつかの間の夢……』
 リピートされたプレーヤーからは、オルガンの音が高まりそんな歌詞が流れ始めていた。まったく、今の私達に最適な曲じゃないか、と彼は一人そのようなことを思い、未だ半ばほど残っていた煙草を灰皿に押し付けた。

 

「諸君、ツェッペリンの将兵諸君、私は艦長だ」
 スピーカーからその声が流れたとき、艦内の全ての場所で全ての会話が途絶えた。あとに残ったのは低く、僅かな機関の音とモーターの響き、換気装置の唸りだけが残った。
 誰もが耳を澄まし、放送に集中した。肌で感じられるような緊張と静寂。
 シュトロープが少し離れたところでじっと放送を行おうとするヘルシングを伺っていた。"不適切な"表現で放送するのを恐れたためだ。真面目な馬鹿というものはこれだから困るなとヘルシングは思った。
 彼は再び放送スイッチを押し込み、静かに喋り始める――彼が愛する乗組員へと、冗談のような真実を、心地よい言葉で塗り固めて。
「諸君らが知っている通り、私はいつも航海の始めに君らを待ち受けている事態を出来るだけ早く伝えてきた。諸君らには知る権利が、私には伝える義務がある。大抵、諸君らにとっておもしろく無い内容であるし、私もあまり愉快な義務だとは思っていない――ここ数ヶ月は特にそうだった。そして、今から話すことはこれまでの中でもとびきりのしろものだ。
 我々は総帥府から命令を与えられた――これはギレン総帥閣下直々の命令を示していることは言うまでも無いと思う――そしてそれが、どんなに栄えある任務かということもまた、言うまでも無いだろう。無事任務を達成して帰還すれば、諸君全員にたっぷりの休暇が久方ぶりに与えられ、私も名誉なことだが、諸君らの中から昇級、もしくは勲章の授与
をうける者が何人も出てくるだろう。」
 苦い丸薬の甘い衣――言えることでおよそ良いことといったらこれぐらいしかない。そしてそれすらも保障はないのだった。彼は言葉を続ける。
「命令の内容を、話そう。またもサイド6、<リボー>コロニーだ。そう、『ルビコン計画』だ。今回の任務はその最終フェイズに当たる。我々はサイド6へと向かい、<リボー>コロニー内の連邦軍新型モビルスーツおよび軍事基地を跡形も無く破壊する。諸君らの中の何人かは知っているかもしれないが、我々には核弾頭ミサイルが与えられた――無論、核兵器の使用は南極条約で禁じられている。しかしこれは最終的な手段に過ぎない。諸君らが一番良く分かっていると思う――すでに<リボー>内外での二度の戦闘で彼らがいかに手強いか、我々は良く知っている。彼らは我々の再度の到来を予見して、さらに増強されて待ち受けている。しかし我々はこれを使うまでも無く連邦軍の防衛線を突破し、コロニー内へと強襲して彼らのピカピカのモビルスーツを破壊するだろう」
 これはゲオルク・フォン・ヘルシングの、薄っぺらな願望だ――そんなことができるはずが無い。心のどこかで悲鳴を上げるが、艦長として鍛え上げられた精神力でもって、彼の声は平静さを崩さなかった。
「サイド6宙域への到着予定時刻は25日0800である。彼らにとっておきのクリスマスプレゼントをあげよう。そして、我々には勝利の美酒がプレゼントされる。容易い任務では無い――いや、はっきりと言おう。この一連の作戦の締めにふさわしい、困難な、危険な任務だと。心して任務に掛かれ、諸君。公国軍人として、果たすべき責務を果たしてほしい。
 私が諸君らにどのようなことを頼んでいるか、良く分かっている。諸君は公国、連邦合わせても並びうる者のいない最良の船乗りだ。だからこそここまで――疲れ、傷つき、苦しい思いをしながらもここまで来れたのだ。私にはそれがよく――誰よりもよく分かる。それでも私は諸君らに、かつて無いほどの困難に立ち向かうことを頼まなければならない。だが、私にはどうすることもできない。ただ私は信じるしかない――君たちツェッペリンの全乗組員は必ずやってくれるだろうという事を知っていて、また信じている」
 放送の締めくくりに、職務熱心なシュトロープへのささやかな本音での反撃。
「滅びゆくものの為に、幸運と神のご加護を――私たちにはそれが大量に必要だ」
 放送が終わった後でも、沈黙は長く続いた。歓声も、『我等地球へ進撃す』も歌われなかった。そこには彼らの士気を高揚させるものは何も無かった。かといって、悲嘆も、憤りも、落胆があるわけではなく――ただ"ああ、またか"という諦観の念があるだけだった。それは全ての乗組員に共通した感情だったが、彼とシュトロープ、骸骨付きの憲兵隊は違った。そして、ノダックや彼を良く知る何人もの男たちもまた、彼の胸中を容易に想像することができた
 ヘルシングの胸中――愛する部下を騙し、彼らを狂気の渦へと向かわせたのだという強い怒りと嘆き。今までそんなことが無かったとは言わない、だが今回はその中でも最低の部類の、決して許されざる行為なのだと自責した。
 彼は艦長室に戻ると、すぐに珈琲を兵に注文した。彼には熱い珈琲と上物の毒、そして一握りの赦しが必要だった。

 

 24日の夜も、艦隊は粛々と航行していた。クリスマスの前日だと言うのに彼らの緊張の糸は張り詰め、ふとしたきっかけで切れてしまいそうな空気が艦内に満ち溢れていた。艦内の誰もが疲れきり、ただ黙々と自らの仕事をしていた。無茶なスケジュールと資材の不足で休息は殆どなく、僅かな時間を見つけて眠りについた。
 艦隊は着実にサイド6へと近づいていったが、何度か連邦軍航宙機の接触を受け、確実に連邦軍に補足されてもいた。偵察機がブンブンと艦隊の周りを飛び回りはしたが、攻撃はまるでなかった。連邦軍がサイド6で待ち受けているのは明白だった。
 彼らに夜明けはなかった。気まぐれに外を覗いても、吸い込まれるような漆黒の宇宙がただ闇雲に広がっているだけである。いつまでも変わらぬ光景と、時を刻むだけで無常に流れていくジオン標準時。これが宇宙の戦争だった。緊急総員配置のベルが鳴り、すぐに解除された。それが何度も繰り返され、彼らの短い休息はその度に中断された。彼らは疲れ果て、ろくに眠れず、灰色にやつれていった。それでも彼らの表情はどこか明るかった。それは、何もかもをあきらめきったような、悲しみすら覚える明るさだった。

 

 予定時刻よりも少し遅れ、サイド6のコロニー群を最大望遠で目視できる位置についたとき、総員ノーマルスーツ着用、総員戦闘配置の号令がかかった。だが艦内では簡易ベッドから飛び起きたり、ラッタルを駆け足で上り下りするといったような慌しさは感じられなかった。既に艦内の全員がしかるべき配置につき、麻痺した心で襲いくる戦闘の重圧をはねのけていた。
 艦隊は単縦陣を解き、<ジークフリート>と<ヴァルキューレ>のニ艦がツェッペリンを追い抜いて前に出て戦闘隊形を組んだ。<ヴァルキューレ>が先頭に立ち、<ジークフリート>がその右後ろ上方。ニ艦の後ろに隠れるように旗艦が位置についた。
 ケーニッヒはゲルググJのコックピットで永遠とも思える時間を過ごしていた。戦闘を前にした時の、いつも通りの緊張感と、僅かな興奮。様々な感情が入り乱れ、時間の流れを通常よりも遥かに遅くしていた。仲間といつも通りの軽口を叩き合う。兄弟、だとか戦友といった言葉が飛び交い、リラックスした表情と声が彼らのコックピットの孤独を癒していた。ケーニッヒの口は真一文字に結ばれ、未だ活力溢れる目からは決意の光が見て取れた。
 <グラーフ・ツェッペリン>の照明が落とされた戦闘艦橋で、ヘルシングはいつものように艦長席に悠然と座っていた。顔には疲労の色が濃いが、双眸は力を失わず、口には僅かながら笑みが――不敵な笑み浮かんでいる。歴戦の艦長だけが持ち得る、部下たちを奮い立たせ、戦闘へと駆り立てる表情――あるいは仮面をしていた。彼は艦長席で孤独と重大な背信をしているような後ろめたさを感じていた。それを全て艦長としての責任で塗り隠していた。
 ヘルシングも、ケーニッヒも、やるべきことを心得た男の表情だった。いや、彼らだけではない――艦内の、いや艦隊のどこを見渡しても、その表情は見て取れた。彼らは決意していた。公国のためでも、公国が与えてくれた大義名分のためでもなく、ただ隣の自分に良く似た水兵のために――戦友のために戦うことを決意していた。その中には無論ヘルシング艦長も含まれ、誰も彼を憎む者などいなかった。彼はこの艦の父だった。艦は家族であり、彼らは家族よりも強い絆で結ばれていた。
 ただ一人を除いて。シュトロープはそんなことは微塵も考えなかったし、また思われてもいなかった。彼は孤独だったが、スペースノイドの真の解放という大儀と、それを果たすための総帥命令を授かったという思いが彼に孤独を感じさせなかった。
 彼らは進んだ。サイド6へ向け、渦に――狂気という名の渦に巻き込まれるように粛々と突進した。

  


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